第20話 精霊の伝言

 アルディオンが目を開けると、そこはまるで水中のようだった。足は何処にも着いておらず、ゆらゆらと身体が揺れている。不思議なことに、動くと水の抵抗を少し感じるぐらいで、特に身体が重くなったり衣服が濡れている感じもしない。ぐるっと回転してみたが、透明な空間が広がっているだけだ。


(呼吸も出来るし、目も開けられる。ここは一体…?)


『良カッタ』『見ツケタ』


 何処からともなく、声がする。


『人がイッパイいたから、飲み込んジャッタ』

『あんまり人に見られたくナカッタノ』

『ごめんネ』


 声は複数聞こえる。どの声も甲高く、超音波のように空間に響いている。だが、どこから発せられるているのか分からない。


「精霊か?」


 アルディオンは尋ねようとしたが、ボコボコと空気の泡が出ただけで声にはならなかった。


『愛し子ノ姉は、ココから西の先、タルンの森にイルヨ』


『ワタシ達、イッショウケンメイ駆けてきたの。伝えル為に』

『エライでしょ?』

『伝えタからおシマイ』

『サヨナラ』


 精霊達が口々に言ったかと思うと、急に光が差し込み、目の前が真っ白になる。アルディオンは思わず、目を閉じた。次に目を開けると、先程の川の前に立っていた。ダン、デュオ、ジエルが駆け寄る。


「私は…一体…?」


「急に水のドラゴンみたいな奴に飲み込まれたんだよ!それから、その場に水柱が立ってさ。まぁ、すぐに消えてお前が現れたんだけど…って、お前、濡れてねぇの!?」


 デュオは目を丸くしながら、アルディオンの身体をあちこち触った。そんなデュオを押しのけ、ダンはアルディオの無事を確認すると口を開いた。


「今のが…精霊ですか?」


「そのようだ。セレナは西のタルンの森にいるらしい。ジエル、タルンの森はここからどのぐらいだ?」


「徒歩で3日といった所だな。」


 アルディオンは小さく息を吐いた。すぐにセレナを助けられるかと思ったが、それでは間に合わない。


「だが、タルンの森にいるんだとしたら、この先の奴らのルートは大方予想出来る。」


 ダンもジエルの言葉に頷く。


「ええ。カイとアムだけならまだしも、セレナ様がいます。出来るだけ進みやすい道を通るはずです。タルンの森から王都までの道のりを考えると、必ず通る道が一つあります。」


「その道に先回りできるか?」


「任せろ。」


 ジエルが胸を張って答えた。その言葉を聞いて、アルディオンはまた小さく息を吐いた。なんとかなる。助けられる。


「では、そこに先回りしてセレナを助けよう。カイは捕らえて黒幕を暴くぞ。」


 そう言うと、アルディオン達はすぐに出発した。


「アル、なんか、ちょっと嬉しそうだな?」


「そうか?」


 道中、デュオがアルディオンに言った。

 王が自分を狙っている訳ではない、セレナを助けられる、この2つはアルディオンの足取りを軽くするのに十分過ぎるものだった。その気持ちを察してか、デュオがアルに尋ねる。


「王様って、どんなお人なんだ?」


「立派な方だ。どんな時も自信で溢れていて、臣下の誰もが絶対的な信頼を寄せている。」


「でも、お前は信頼してなかったんだ?」


 デュオの素朴な質問に、アルディオンは言葉に詰まる。おそらく、命を狙われていたと思っていた件について言っているのだろう。


「それは…私が出来損ないだから…、兄上の方が優秀だし、国の未来を思えば当然の事だ。」


 デュオは、ふーん、と相槌を打った後、少し間を空けて言った。


「気を悪くして欲しくないんだけどさ。民にとっちゃ、王様なんて誰でも良いぜ?国を荒らしさえしなきゃな。誰がなるか気にしてんのは、お偉いさん方だけだろ?自分にとって都合の良い奴になって欲しい。」


 デュオは、驚くアルディオンの顔を見ながら続けた。


「お前が本当に王様になりてぇんだったら、自信を持ってなりゃぁ良い。そうでなかったら、辞めりゃぁ良い。王は国や民の為にあるんだろ?民は気にしねぇよ。それよりも、毎日きちんと飯にありつけるかどうかの方が、よほど心配だぜ。」


 そう言うと、デュオは空を見上げた。


「ま、だから、この旱魃はヤベェんだけどさ。セレナちゃんが、なんとかしてくれる事を祈ろうぜ。」


 デュオはそう言うと、ポンっとアルディオンの肩に手を置いた。アルディオンは、デュオに言われた言葉を頭の中で反芻していた。それと同時に、出会った時のセレナの言葉を思い出す。


(あなたの意思はどこにあるのよ。)


 私の意思…、言われてみれば、これまで城で俯きながら過ごす他に一体何をしただろうか。もちろん、勉学も剣術も精一杯努力した。最初のうちは、自分の意思だったかもしれない。でも今は…?自分は何をしたい?


「デュオ、頼みがあるんだ。この旅が終わったら…」


 アルディオンはデュオだけに聞こえるように、声を落とした。デュオはその言葉を聞くと目を瞬いたが、すぐにいつもの無邪気な笑顔を浮かべた。


「良いぜ。親父も俺も大歓迎だ。」


 アルディオンは、ホッとして前を向いた。

 そんな背後の2人の様子をダンはじっと伺っていたが、前を歩くジエルが急に自分の隣に並んだ。


「盗み聞きか?旦那も人が悪いねぇ。」


 ダンは何も言わず、ただジエルを睨んだ。ジエルは全く気にせず続けた。


「王族ってのは、大変だなぁ。ガキの頃から、いろんなもんを背負い込んでる。大人達の都合でよ。もっと自由に生きりゃ良いのにな。」


「お前の息子のようにか?」


「おうよ。まぁ、ちょっとアホに育っちまった気もするが…」


「お前の息子と殿下とでは、立場が違うんだ。余計な事をするな。」


「へいへい。そういや、そのカイって奴は旦那が生きてる事を知ってるんだよな?」


「おそらくな。奴の仲間が仕留め損なった事を報告してるだろう。」


「そんじゃ、俺達は作戦会議しようぜ。」


 ジエルはダンに作戦の提案を始めた。

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