第19話 水鏡
一方、デュオによって、か弱い女の子認定されたセレナは湖の前で呆然と立っていた。先程の出来事を思い返す。
王都まではあと数日。セレナは少し1人になりたいと休憩中に、近くの湖まで歩いて来ていた。カイはセレナを制止しようとしたが、アルディオンが死んだと聞かされてから口数が減ったセレナを心配してか、アムはあまり遠くに行かないようにとだけ言って認めてくれた。
(ここなら、
王都に近づくに連れて、精霊の力が弱まっているのを感じる。ここが最後のチャンスかもしれない。
いつものダンデルシア語を唱える。セレナの近くの水がぼうっと青く光り出して、アルディオンの姿をはっきりと映し出した。
(アルディオン…!!よかった…生きてる…)
と安心したのも束の間。なんだか様子が変だ。
(え?もしかして、溺れてる??)
セレナは慌てて膝をついて、両手を湖の中に突っ込んだ。
(今なら、向こうに干渉できるはず…!!)
セレナは急いで別のダンデルシア語を唱えた。湖の青さが増して、アルディオンの姿がより一層はっきりと見えるようになる。
(さっさと助けに来なさいよっっ!!このバカ王子ーーーっ!!)
そして、思いっきり右手で湖に写っている相手の頰を引っ叩いた。すると、アルディオンは、ハッとした顔になって、もがき始めた。水鏡はそこで終わってしまったが、セレナは右手をぎゅっと握りしめた。
(手応えあり!!)
それにしても、なぜあの王子は無事かと思えば、いきなり死にかけているのだろうか。
(って…、私の居場所を伝え忘れた!!)
もう一度力を使おうとしたが、上手くいかない。
(最悪…。なにやってんのよ、もう!)
セレナは腹立たしげに立ち上がった後、呆然と湖を見ているのだった。
しばらくの間そうしていたが、肩を落としてアム達のいる方へと足を向けた。そろそろ帰らないと怪しまれる。
その時、ふと気配を感じて後ろを振り返ると、下半身が魚の形をした小さな水の精霊達が湖を跳ね上がりながら踊っているのが見えた。同じ水の精霊でも、容姿は場所によって様々である。
(あら?珍しい。)
力を使ったからといって、こうして姿を見せる事はあまりないのだが。
彼らは楽しそうに、セレナの前までやって来た。
『伝言ダヨ』『伝言ダヨ』
『愛し子ガ、アナタが困ってたら助ケテあげてダッテ』
『困ってル?』
マカトが心配してくれていたのだ。弟の優しさに涙が出そうになる。
「私の居場所をアルディオンに伝えて。エスタリスの王族よ。さっき私が使った水鏡の相手。出来るだけ早くよ。お願いね。」
そう言うと、セレナは旅立つ時に持って来ていた麻袋から、水草を取り出した。ギナムの森の湖に生えている水草は、古き精霊の力が宿っているので水の精霊達に非常に喜ばれる。
『ゴ褒美』『ゴ褒美』
『ヤッタ』『ヤッタ』
精霊達は口々に言うと、スッと姿を消して行った。
(これで何とかなるかしら。)
セレナは、ホッと安堵の息を漏らした。
(マカトが勝手に力を使った事を、爺様が怒らないと良いのだけれど…。)
それは難しいだろうとセレナは思った。セレナが力を使うのと、マカトが使うのとでは意味が大きく違う。現に、ギナムの森からここまで精霊達を動かすのは、並大抵の力ではない。
それでも、セレナはマカトに感謝して一縷の望みを胸に抱きながら、アム達の方へと戻って行った。
※
アルディオン達は、このままジエルに道案内をしてもらい、王都へ進むことにした。ダンは良い顔をしなかったが、カイ達の居場所が分からない以上、とにかく早く王都に着くことが先決だ。ちなみに、デュオはセレナを直接助けに行く訳ではないと知って、かなり落ち込んでいる。アルディオンは乾いた衣服に着替えて、マントをデュオに返しながら尋ねた。
「そんなにセレナに会いたかったのか?言っておくが、その…、たぶん、デュオが想像しているのとは、ちょっと、いや、だいぶ違うと思うぞ?」
「違うって何が?」
デュオはキョトンとしてアルディオンに尋ねた。その横で、ダンがものすごい形相で、デュオを睨んでいる。デュオやジエルがアルディオンに口を聞くたびに、その顔をするのかと思うと、アルディオンの方も辟易するが、そちらの方は見ないようにして続けた。
「なんというか…、とりあえず、か弱くはない…と思う。」
「そうなのか?でもよ、そういう女の子こそ、いざという時に守ってやりてぇって、思うんじゃん?」
「そういうものだろうか…」
(守ってやるなんて、言おうものなら、怒って殴られそうな気もするが…。)
デュオは、ははぁと言うと、したり顔でアルディオンに尋ねた。
「アルよ、さてはお前さん、経験がねぇな?」
その瞬間、ものすごい勢いでダンがデュオの首根っこを掴み、アルディオンから引き離した。デュオの方がわずかにダンより背が高いのだが、そんなのは、ものともしない勢いである。そのまま、首に腕を回して羽交い締めにして、デュオの耳元で囁いた。
「貴様、ただでさえ、無礼な口の利き方だと言うのに…。死にたいのか?」
「い、っててて!なんだよ!分かったよ!もう言わねぇって!」
(こんな調子で、この先大丈夫だろうか?)
アルディオンが2人を見ながら、そんな事を思っていると、ふと目の端に何かが映った気がした。ただ、なんとなくそれが気になり、川の方へ近寄って行く。
「おい、どうした?」
ジエルが怪訝そうな顔で尋ねたが、それには答えず、そのまま気になる方へと進んで行った。
「殿下?」
ダンもアルディオンの様子がおかしいと思ったのか、デュオを解放して声をかけた。
(何かが…いる…)
そう思って川の前で立ち止まった。辺りを見回すが、ただ急な流れの川があるだけで、特に何もない。
気のせいだろうかと思い始めた時、突然目の前でバッと水柱が上がった。水柱は、そのままドラゴンに姿を変えて、アルディオンを上から飲み込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます