第18話 真相
ダンは何故かずぶ濡れの姿で立っていた。短い髪から水滴がとめどなく流れ落ちている。顔からは、わずかに疲れの色が見えた。水滴のせいか、それとも彼の感情によるものか、瞳も少し揺れている。
「殿下、お探ししました。よくぞご無事で…」
ダンはそう言うと、その場でアルディオンがギナムの森へ旅立つ際に見せたエスタリス式の最敬礼を取った。その時の形式張った礼と違って、わずかに肩が震えている。
デュオは、そんなダンとアルディオンを交互に見ながら困惑している。
「デンカ…でんか…殿下?殿下って、あれか?王様の息子って意味の?アルが?」
その言葉を聞いて、ダンがサッと顔を上げて剣を抜いた。
「貴様!今殿下になんと申し上げた!!」
「うぇ!?」
「ま、待ってくれ!」
アルディオンが慌ててダンを制止すると、上から呑気な声が聞こえて来た。
「おーい!大丈夫かー?」
ジエルはその体軀からは想像出来ないような身のこなしで、軽々と下まで降りて来た。そのまま、ダンとアルディオン達の間に立った。
「状況を説明してくれるか?」
「っくしゅん!」
アルディオンが口を開こうとしたが、代わりに出たのはくしゃみだった。
「悪りぃ悪りぃ。いくら昼間でも、ずぶ濡れじゃ風邪引いちまうな。デュオ!薪を集めて来い!ゆっくり状況整理といこうや。」
ジエルはそう言うと、いつも通りニカッと笑った。
程なくしてデュオが薪を集めて火を焚いた。アルディオンは服を脱いで、デュオが持っていたマントにくるまっている。ダンは、そのままの格好で暖を取っていた。
先程、ジエルと戦っていたのはダンだったらしい。アルディオンが傭兵に捕まっていると思ったダンはジエルと戦ったが、アルディオンが川に落ちたのを見るや、助けるために自分も飛び込んだそうだ。
アルは自分が王太子である事、父王の命令で旅をしていた事を話し、ジエルとデュオに嘘をついていた事を謝った。ただし、森の民に関しては旱魃を止めてくれるかもしれないといったように、ぼかして伝えた。実際、本当にどうなるかは分からない。デュオは信じられないといった顔で口をあんぐりと開けていたが、ジエルはあっさりと納得していた。
「驚かないのか?」
「なんとなく予想はしてたさ。あんたの身なりと、その髪と瞳の色。そして話し方。しかも、訳ありで王都へ行きたいとなりゃぁ、想像はできるだろう。しかも、道中家族の話とかも聞いたしな。ちょっと甘いぞ。」
「うっ…。」
アルディオンは言葉に詰まる。確かに、迂闊だった。
「マジかよ、親父。」
その隣では、デュオが目をまん丸に開いている。そんなデュオを見て、ジエルは大きくため息をついた。
「てめぇは、そういう所がダメなんだよ。何度も言ってるだろ。傭兵は戦いだけじゃない。雇い主を見抜く目も必要なんだよ。」
「さっきから、お前は殿下に慣れ慣れしい。不敬罪だぞ。」
ダンはジエルを睨みつける。
「そいつぁ、失礼しやした。でもな、俺たちが依頼を受けたのは、アルディオン殿下じゃない。アルっていう、カルナンの司令官から命を受けた役人さ。」
ジエルは茶目っ気たっぷりに言って、左目を細めた。そんなジエルにダンは今にも飛びかかりそうな殺気を放っている。そんな状況を見かねたアルディオンがダンに向かって口を開いた。
「あの夜、敵を手引きしたのはカイだったのだろう。そなたは、あの後どうしていたのだ?」
「はい。私が敵と戦っている最中、カイは突然姿を消しました。カイの後を追おうと思ったのですが、奴らの足止めでその場を離れられず、見失ってしまいました。私は…"影"失格です。」
ダンは悔しげに唇を噛んだ。
「実は、カイが裏切り者であると事前に情報があったのです。カルナンの街で陛下からの書状を受け取りました。そこには、カイを始末するよう書かれていました。」
「なんだと!?」
「王宮では、殿下の命を狙う不逞な輩がいるようです。カイは、その者の配下でした。」
「では、父上が私を狙っていたわけではないのか?」
ダンは少し驚いたように、アルディオンを見た。
「いくら陛下でも、ご自分の息子を手にかけるような事はされません。」
「お前、自分の親父に狙われてると思ってたのか?」
デュオも驚いたように口を挟む。
アルディオンは安堵のため息を漏らした。
「デュオは知らないだろうが…そうであってもおかしくないような方なのだ…」
ダンは少し怪訝そうな表情をしながらも続けた。
「殿下はカイに心を許されておられるようでしたので、お話できませんでした。決定的な証拠を殿下の前で見つけてから実行しようかと。申し訳ございません。」
ダンは静かにアルディオンに頭を下げた。
「いや、いいんだ…。」
おそらく、ダンは自分にとても気を遣っていたのだろう。いくらアルディオンがカイを信頼していたからと言っても王の書状があれば、問答無用で相手を切り捨てられる。それでも、そうしなかったのは、アルディオンの心情を慮ってのことだ。アルディオンとカイとの関係。そして、これ以上、父王との関係がこじれてしまわないように。
「そんで、そのカイって奴は、今どこで何してんだ?」
デュオがアルディオンに聞いた。
「おそらく、セレナとアムと一緒に王宮に向かっているだろう。カイの魂胆は分からないが…」
「セレナって、女の子か!?」
「そうだが、どうかしたか?」
「俄然、やる気が出るな!」
「は?」
ジエルはデュオの頭を叩いて黙らせると、アルディオンに尋ねた。
「そんで、俺達はどうすれば良い?当初の契約内容と違うが?」
アルディオンはしばし考え込んだ。カイにどれだけの仲間がいるのか分からないが、味方は多い方が良い。特に相手の考えが分からない以上、どんな場合にも対応できるだけの人出が欲しい。
「改めて契約内容を変更したい。この旅が終わるまで、私の配下として動いて欲しい。礼は金品はもちろん、私に出来ることであれば、なんでも叶えよう。どうだ?」
「殿下!この者達を信用するのですか!!」
ダンが声を上げたが、アルディオンは手を挙げてそれを制した。
「一つ条件を出しても?」
「ああ、なんでも言ってみてくれ。」
「俺たちは、そこの護衛の旦那が思ってるように、育ちが良くなくてね。いきなり殿下だと言われた所で、あんたに忠誠を誓う事は出来ない。この旅の間は契約通り、あんたの命令に従おう。だが、今まで通りの関係性でいかせてくれ。」
「無礼な…!!」
ダンが怒りのあまり立ち上がった。
「いいだろう。」
ダンが殿下!と、アルディオンを咎めるように言ったが、アルディオンは意に介さなかった。
「敵の意図が分からない以上、人出が必要だ。私の
ダンは、なおも何か言いたそうであったが、しぶしぶと腰を下ろした。しかしその目は、しっかりとジエルに向けられている。
「殿下に少しでも妙な事をしたら殺す。」
そんな物騒な言葉と視線を、ジエルは簡単に受け流した。
「決まりだな。」
「よっしゃ!じゃあ早く、か弱い女の子を助けに行こうぜ!俺たちヒーローだな!」
デュオが勢いよく立ち上がる。そんなデュオを、なんとも言えない顔でアルディオンは見つめ、ジエルは大げさにため息をついた。
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