第17話 吊り橋
吊り橋を近くで見ると、所々腐りかけている。吊り橋の長さは、だいたい15m、高さは5mといったところか。そこまで高いという訳ではないが、下を流れる川の流れは急だ。もし落ちてしまえば、助かる見込みはかなり低いだろう。
(いやいや、嘘だろ。これ、本当に渡れるのか!?)
アルディオンは信じられない思いで、吊り橋と川を交互に見つめた。
「3人一気に渡るのは危ねぇから、1人ずつ渡るぞ。」
「じゃあ、俺から渡る!」
一方で、ジエルとデュオは、何でもないように会話をしている。
「アル!俺が手本見せてやるから、しっかり見とけよ。あと、そんなに下を見るんじゃねぇ。」
デュオはアルディオンを安心させるように破顔した後に、クルッと背を向けて、何のためらいもなしに吊り橋へと踏み出した。
デュオが慎重に一歩ずつ足を踏み出す度に、吊り橋はギィギィと嫌な音を立てて揺れる。しかし、デュオは全く気にせずに、真っ直ぐ前だけを見て確実に渡っていく。
アルディオンはその姿を息をするのも忘れて見つめていた。
程なくしてデュオは無事に吊り橋を渡り終え、こちらを振り返って手を大きく振った。
「よし、アル。行け!」
「いや、ちょっと待ってくれ。まだ心の準備が。」
「そんなもん、いつまで経っても出来やしねぇよ。さっさと行け。男は度胸だ!」
ジエルはそう言うと、アルディオンの背中をポンと押した。アルディオンは前によろめき、否応なしに吊り橋に一歩を乗せる羽目になった。
(う…わ…)
アルディオンは思わず下を見てしまい、なかなか次の一歩を出せずにいた。この旅に出てから、刺客に襲われたり、仲間の裏切りにあったりと、命の危険を十分に味わって来たが、それはいつも突然で、考えるよりも先に身体が反応していた。でも、今回はしっかりと、この危機的状況を頭が理解している。
(うぅ…。怖い…。)
「アル!下を見るな!前見ろ!俺見ろ!」
デュオが前方で叫んでいる。アルディオンは無理やり顔を上げてデュオを見た。
(す、進まなくては…。)
前方で、デュオが身体を大きく動かして応援してくれているのが分かる。本当に良い奴だ。今は、そのよく分からない動きが、何故だか励みになる。
(下を見ないで、一歩ずつ…)
アルディオンが勇気を振り絞り、少しづつ歩き始めた途端、大きく吊り橋が揺れた。
(ななな、なんだ!?)
前方のデュオも、よく分からない動きを止めて、こちらを凝視している。
「走れ!!」
後ろからジエルの叫ぶ声が聞こえた。驚いて振り返ると、ジエルがこちらに背を向けて、槍を頭上で大きく振り回している。何者かと戦っているようだ。ジエルの大きな身体が視界を塞いでいるので、相手は誰だか見えない。
「早く行け!!」
ジエルはもう一度叫ぶと、槍を相手めがけて振り下ろした。
「アル!早くしろ!」
反対側でデュオも叫ぶ。
アルディオンはデュオの方に向き直ると走り出した。しかし、次の瞬間、吊り橋が大きく揺れてアルディオンの身体は簡単に放り出されてしまった。
「うわぁぁぁぉぁ!?!?」
「アル!?」
デュオがアルディオンの名を叫ぶが、それを聞いたと同時に、アルディオンは川の中へと落ちた。
冷たい水は勢いよくアルディオンに向かって流れてくる。アルディオンの身体は抵抗する間も無く、どんどんと押し寄せる水に流されて行った。
(まずい…!何かに掴まらないと!)
必死に浮かび上がろうと、もがいてみたが、水を含んだ衣服で身体が重く、思ったように浮かび上がらない。水が口の中に入ってくる。アルディオンは意識が遠のくのを感じた。
(死ぬ…のか…)
人生16年。人の目を気にしながら、城で過ごすという大したものではなかったが、ここ数日間は怒涛の日々だった。
(あぁ、もう一度アムの料理が食べたかったな。カイは誰の命令で動いていたんだ。死ぬ前に友達が出来たのは良かった。そういえば、友達を作れと言ったのは母上ではなかったか?あの世で母上に自慢出来る。私が死んだら、一応父上は悲しんでくれるだろうか?それとも、手間が省けたと安心するだろうか?兄上は悲しんでくれるかな…。あと、もう1人…)
つらつらと、とりとめもなく考えながら、最後に綺麗な紫色の瞳をした少女を思い出す。
(セレナに謝りたかったな。こんな事になって、すまなかったと。)
すると、アルディオンの周囲がぼうっと青く光り始めた。だんだん呼吸が楽になってくる。 霞んでいた視界も、はっきりと形を取るようになって来た。意識も徐々に戻ってくる。何が起こっているのか状況を把握しようとした次の瞬間、頭の中でセレナの声がこだました。
(さっさと助けに来なさいよっっ!!このバカ王子ーーーっ!!)
それと同時に、頰に叩かれたような衝撃が走る。
(え?えぇぇぇぇ!?)
驚いて我にかえると、青い光はすでに無くなっていた。代わりに、自分の顔が水面から浮き出ている。周囲を見回すと、右斜め前方に水草の茂みがある。先程よりも軽く感じる身体を、なんとか右に捩り水草を掴む。しかし、そのまま身体を自力で岸まで引っ張り上げる力は残っていなかった。
「アル!掴まれ!」
いつの間にか、下まで降りて走って来ていたデュオがアルディオンに縄を投げてよこした。アルディオンは必死にその縄を右手で掴み取る。
「うぉぉぉぉぉ!!!」
デュオが力の限り縄を引っ張って、アルを岸まで寄せた。アルディオンも、無我夢中で身体を動かして、なんとか陸に這い上がる事が出来た。
アルディオンは肩で息をしながら仰向けに倒れ込んだ。そんなアルディオンをデュオが駆け寄って抱き起こした。
「大丈夫か!?」
「あ、あぁ。」
(なんだったんだ…。さっきのは走馬灯ってやつか?いやしかし…。)
アルディオンは右手を頰に当てる。全身ずぶ濡れで感覚が寒さで麻痺しているが、それとは違う痺れが残っている。
(しっかり叩かれた感覚があるんだが。)
「おい!本当に大丈夫か!?動けるなら早く行くぞ!」
デュオの声で我にかえる。そうだ、今は追われているんだった…。
「ジエルは?」
「親父なら大丈夫だ。前も言ったけど、めちゃくちゃ強ぇから。とにかくここを離れるんだ。」
「お待ちください。」
第三者の声が背後から聞こえ、2人はギョッとして振り返った。そこに立っているのは…
「ダン…」
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