第16話 友達

「そんで、そん時、俺が槍をバッと振り回したわけ!そしたら、相手がビビって逃げて、肥溜めに落っこちたんだよ。あれは、傑作だったなぁ!」


「それは…すごいな。」


 肥溜めに落ちた男に少し同情しつつも、アルディオンは笑いを噛み殺しなざら答えた。

 歩きながら、デュオは以前いた商隊で起きた出来事を、アルディオンに面白おかしく話して聞かせていた。第一印象の通り、彼は人懐っこくて気の良い男だ。歳は18でアルディオンよりも2つ歳上だが、少年のように無邪気な笑顔をする。


「ったく、ほんとよく回る口だな。一体、誰に似たんだか。」


 そんなデュオを、ジエルは呆れたように見ていた。

 アルディオン達は、王都に早く向かうために、街を通る道ではなく森を突っ切る方を選んだ。本来であれば、馬を得て駆けていきたい所だが、目立ちたくはない。目立たずに早く行ける方法をジエルに尋ねた結果、今の道に至る事となった。

 ジエル曰く、多少きつい所もあるが、この道なら王都まで10 日かかる所を8日で行けるらしい。幸い、アルディオンも大した怪我をしていなかったので、すぐに動く事が出来た。


 ジエルもデュオも簡素な鎧と槍を携えている。剣が主流のこの国では、珍しい。槍はむしろ、北のトリミア皇国の武器だ。だが、2人の容姿はトリミア人のそれとは異なる。そのことを口にすると、デュオがあっさりと教えてくれた。


「俺達はエスタリスの北の村出身で、親父はトリミアとの戦争に参加してたんだ。そん時、奪った敵の槍が使いやすくて、剣より槍を使うようになったんだ。俺は、そんな親父に育てられたから、槍の方に慣れちまったってわけ。」


「確かに、2人とも身体が大きいしな。剣よりも槍の方が良いのかもしれない。」


 トリミア人は、エスタリス人と比べて身長が高い。長身から繰り出される長い槍の攻撃にエスタリス人は大いに苦戦したと言われている。


「という事は、槍の使い方は我流か?」


「まあな。だが、これで何度も戦い抜けて来た。」


 左目を細めながらジエルが答えた。


「すごいな。私は、剣術を師範に教えてもらったが、なかなか上達しなかった。」


 疲れていたとはいえ、カイの攻撃に防戦一方だった事を思い出す。


「アルは強くなりたいのか?だったら、いつでも戦い方を教えてやるよ。」


 デュオが事もなげに言った。


「本当か?」


「おう!だって、俺たち友達だろ?」


「ん!?」


「違うのか!?」


 デュオが捨てられた子犬のような顔をした。


「いや、そういう訳じゃなくて…、これまで友達なんていなかったから、よく分からないんだ。」


 共に学業に励む貴族の子弟はいたが、お互い身分の事もあるし、"友達"といった感じではなかった。特にアルディオンに関しては、その出自から敬遠されていた節もある。


(兄上は、よく同年代の貴族と話していたな。)


 おそらく、あれが友達というものなのだろう。

 アルディオンが対等に話をした同年代といえば、セレナぐらいのものだ。しかし"友達"をよく知らないアルディオンにとって、彼女がそれに該当するかは分からない。


(どうなったら、友達になるんだ…?)


 デュオは、アルディオンの言葉を聞いて安心したように微笑んだ。


「なんだ、そういう事か。だったら、俺がお前の初めての友達だな!」


「そう…だな。よろしく頼む。」


「おうよ!」


(そういえば、昔、誰でも良いから信頼出来る友達を作りなさいと言われたな。)


 ふと思考を止める。


(一体、誰に…??)


「どうした?」


 思考と共に、足も止まっていたようだ。デュオが振り向いて声をかけた。


「いや、なんでもない。」


 アルディオンは首を横に振ると歩き出した。


「デュオは友達がたくさんいそうだな。」


「うーん、そうでもねぇよ?幼い時に村を出ちまったし。護衛仲間とかはいるけど、友達とは少し違うかなぁ。」


「何故、村を出たんだ?」


「あぁ、それはな。父ちゃん、戦のおかげで、めちゃくちゃ強ぇけど、畑仕事は続かなくてさ。母ちゃんが愛想尽かして出てっちまって。そんなら、俺らも村を出て、得意な事で稼ぐかーみたいな。」


 デュオの口調は呑気だが、内容はそうでもない。アルディオンは一瞬、返答に詰まってしまった。チラリとジエルを見る。


「その…なんか、すまない。」


「気にするな。デュオの言ったことは事実だしな。」


 ジエルは笑うと、アルディオンの頭をポンポンと叩いた。


「アルの家族は、どんな感じなんだ?」


 デュオが何の気なしに聞いてきた。


「私の家族は…父と兄がいる。母は幼い頃に死んでる。兄はとても優秀で自慢の兄だ。父は…そうだな…、とても立派だが…近寄りがたい…かな。」


 なんだか歯切れの悪い答え方になってしまった。しかし、デュオは、そっかーと言ったままで、それ以上聞いては来なかった。

 人との距離を詰めるのが早い男ではあるが、本当に越えてほしくない心の一線は越えてこないようだ。

 そんなデュオの様子に少し安堵しながら、アルディオンは進行方向を見つめた。もうすぐ森を抜けそうだ。

 しかし、森を抜けた後、眼前に広がっていたのは大きな谷と急流。こちらと、あちらを繋ぐ木で出来た吊り橋は、ゆらゆら揺れており心許ない。


「まさかとは思うが…、これを渡るのか?」


「言ったろ?多少、キツイ所はあるって。」


 ジエルはニカッと笑った。

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