第15話 傭兵の親子

(…不味い…)


アルディオンは、よそわれた猪鍋を一口食べて思った。

なんというか、味が大雑把である。それもそのはず、右目に眼帯をしたジエルと名乗った男の調理した様子から見るに、味付けは適当に入れた塩だけだ。


(まぁ、アムの料理が美味すぎたというのもあるだろうが…)


それでも、どういう訳か両隣に座る男達は美味そうにガツガツ食べている。


「おい、どうした?食欲がないのか?傷が痛むか?」


アルディオンを介抱してくれた男、デュオが心配そうに顔を覗き込んできた。


「いや、そんな事はないんだ。すまない。」


アルディオンは慌てて答えた。


「じゃあ、たんと食えよ。親父の鍋は美味いからな!」


「あ、あぁ…。」


「にしても、お前、すげーよな。結構な急斜面から落ちたってのに、大した傷がなくてよ。精霊様のご加護かねぇ。」


「精霊が分かるのか!?」


アルディオンのあまりの食いつきぶりに、デュオは驚いて皿を落としそうになった。


「うお!びっくりした。急に大声出すなよ。冗談に決まってるだろ。この辺り、エスタリスの東は精霊の言い伝えが多いって聞いたからな。なんだ、お前、精霊なんて信じてるのか?」


「え?あ、いや…」


「あー!美味かった!」


猪鍋を作った男、デュオの父親であるジエルが皿を置き、大きく伸びをして言った。ジエルはアルディオンの方を向くと尋ねた。


「お前さん、そういや、名前聞いてねぇな。名前は?」


「アル…」


途中まで言いかけてやめた。いくら助けてもらったとはいえ、ここで正直に名前を言うのは、いささか不用心だ。特に、目の前の男達の出で立ちからするに傭兵だ。自分が王太子と信じてもらえるかは分からないが、もし仮に信じてもらえたとしても、どうなるか分からない。なにせ、傭兵は金で動く男達なのだから。


「アル…?」


「そう。アルだ。私の名前はアル。」


「アルか!覚えやすくて良い名だな!」


デュオが隣から口を挟んだ。そんなデュオを、ジエルがサッと睨んだ。


「デュオ。さっさと飯を済ましちまえよ。片付けは、お前の担当なんだからな。」


「へーい。」


「そんで、アルよ。お前、どうして崖から落っこちたりして来たんだ?」


「それは…、私は、その…リアサス司令官の部下なのだが、この辺りの巡回をしていた際、賊に襲われてしまって。」


(一応、筋は通っている…か?

)

リアサスとは、カルナンの司令官の名前だ。


「助けてくれて礼を言う。本当にありがとう。」


アルディオンは目の前の男達に深々と頭を下げた。


(助かって…良かったのだろうか…?)

頭を下げながら、ふと、そんな事が頭をよぎった。


(これから、私はどうしたら良いんだ…)


父が自分の命を狙っている。それだけで絶望的だ。それに、まさかカイが…。


(もう…、どうでも良くなって来た。このまま、どこか遠くへ行ってしまいたい…。)


『陛下のご意思を確認するためにも、生きて王宮に帰りましょう。』


ふと、アムの言葉が浮かんだ。その強い眼差しも。

そして、もう一つ。あの暗闇の中で震えながらも、しっかりと自分を見つめ返して来た紫の瞳。


(…!そうだ、セレナ…!彼女をなんとか森に連れ帰さないと!)


アルディオンは我にかえった。なにが、どこか遠くに行ってしまいたいだ。巻き込んでしまった彼女を森に返さねば。


「おい…。いつまで頭を下げてんだ?身体でも痛むのか?」


デュオが、またもや心配そうな声で話しかけて来た。良い奴だ。アルディオンは顔を上げた。


(ほう?)

ジエルは、アルディオンの表情を見て心の中で声をあげた。先程までの無気力な表情とは打って変わって、目に意志を宿している。


「今すぐに、何か礼をしたいところだが、どうしても急ぎの用事があるんだ。そな…あなた方は、これからどうする予定なんだ?」


「俺たちか?次の商隊の護衛先を見つけようとカルナンに行く予定だが。」


「そうか。」


きっと今から急いでカルナンに行っても、セレナ達との合流はギリギリ間に合わない可能性が高い。


(そうなると、王都へ先回りする方が良いのか…?)


先に王宮へ出向き、王の真意をはっきりさせる。もし王の意思であったとしても、王宮に入ってしまえば簡単に殺されはしない。

何故、こんな東の端で殺されそうになったのか。それは、自分に隣国の王家の血が流れているから…。


(まさか、引け目に思っていた、この血筋に救われるとはな…。)


心の中で自嘲気味に思う。

そうとなれば、一刻も早く王都まで行かなくてはならない。


「そなた達を私が雇うことは出来るか?」


「なに?」

ジエルは左目を大きく見開いた。


「実は、私はリアサス司令官から密命を受けている。本来であれば、巡回終了後に、すぐに王都へ行くはずだったんだ。だが、賊に襲われてこのザマだ。一刻も早く王都に行きたい。王都に着いたら、相応の礼はする。どうだろうか?」


「つまり、俺らにあんたの護衛をしろと?」


「そうだ。事は一刻を争うんだ。」


「あんたが、リアサス司令官の密命を受けているって証拠は?」


「それは…」


アルディオンは下を向いて言い淀んだ。

(どうする?なんとか、誤魔化せないか??)


顔を上げると、ジエルの真剣な瞳とぶつかった。アルディオンは思い切って答えた。


「証明出来るものはない。だが、必ず礼はする。信じてくれ。」


ジエルは何も言わずに、アルディオンの瞳をじっと見た。しばらくすると、短く刈り込んだ頭を掻きながら、溜息をついた。


「あんたが、どこの誰か詳細は分からんが、国の関係者だってのは事実のようだからな。」


「え?」


「身なりだよ。質素に見せているが、質が良い。役人の支給品にしたって、少し良過ぎるんじゃないかってぐらいにな。」


アルディオンは、咄嗟に身構えた。


「協力してくれるのか?それとも…。」


「その前に、一つ聞かせてくれ。何故、身分の証明が出来ないと正直に言ったんだ。適当に誤魔化す事も出来ただろう。」


「それは…。護衛をしてもらうと言うことは、私に命を懸けてもらうと言うことだ。ただでさえ、王都に行く理由を教える事は出来ない。あなた方から見たら、私はかなり怪しい人間だろう。上手く言えないが…、何か一つでも誠意をもって応えたかった。今、私が差し出せる精一杯のものを。」


ジエルは面白そうに、左目を細めた。

「なるほどね。今出来る精一杯の誠意か。」


パン!とジエルは自分の膝を打ち、アルディオンに笑顔を向けた。


「気に入った!助けてやるよ。」


「本当か?」


「おう。その代わり、礼は弾んでくれよ。」


「良かったな、アル!親父も俺も強ぇから安心しな!」


先程から黙って聞いていたデュオが笑顔でアルディオンの肩に手を回した。


「デュオ!そうと決まれば、さっさと飯の後片付けをして来い!すぐに出発するぞ!」


ジエルが立ち上がって、デュオの頭を叩きながら言った。

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