第14話 静かなる野心

 テルシウォンは王宮の城壁に立ち、風に当たっていた。静かに見下ろすと、そこには西部の国境都市ウェルストに帰ろうとするガーランド卿が見えた。


 先刻の彼とのやり取りを思い出す。


 この国は生まれた順番で王位が決まる訳ではない。王妃の生んだ子が王太子となり王位を継ぐ。だから側室の子の自分が王位を継げない事は分かっていた。それでも、ずっと諦められなかった。


 これで弟が、はるかに優秀であれば納得したかもしれない。また、弟を憎む事が出来たら、もっと早く行動に移して、王位継承の位置から引きずり降ろそうとしたかもしれない。

 だが、いずれもテルシウォンの思う通りにはならなかった。


 弟は何をやっても平凡だった。気弱で優しく、いつだって自分を尊敬の眼差しで見て来た。

 そんな弟の補佐としての道も必死に考えた事もあったが、上手くいかなかった。


(この野心、一体誰に似たのだろうな。)


 ガーランド卿がこちらを、ちらりと見たような気がした。


(もし彼が言い出さなければ、私は動かなかっただろうか…いや…)


 それはないだろうと、テルシウォンは思った。現に自分はアルディオンの東行きを聞いた時、部下を動かしてカルナンの街に潜伏させた。

 しかし、宿屋の主人に成り代わった部下から、伝書鳩が送られて来たものの彼等の動向に関して特に手掛かりは得られなかった。それでも影が護衛に付いており、大都市カルナンの街も1日で出て行ったとなると、これはただの視察ではない。


(父上は、やはりアルディオンを王にするつもりなのだ。)


 それでは、自分は…??弟よりも父の期待に応えて来たはずの自分は、どうなる?


(私は王になる。父上に私の存在意義を認めさせる。その為に、今はお爺様と組もう。)


『テルシウォン殿下。アルディオンの事をよろしく頼みますね。』


 脳裏に、ある女性が思い浮かぶ。長い白銀の髪に青い瞳。いつも穏やかに微笑んでくれた、もう1人の母。


(申し訳ありません、王妃様。あなたのお言葉、守れそうにありません。)


 テルシウォンは、そっと目を閉じて記憶の中の女性に謝った。

 目を開けた時、すでにガーランド卿の姿はなかった。


 ※


 王との謁見を終えたガーランド卿は、すぐに荷物をまとめ、王宮の外へと出て行った。ふと視線を感じて城壁の方へと目をやった。


(ほう。テルシウォン殿下か。)


 戦の時の習慣か、未だに他人の視線には敏感だ。

 ガーランドは久しぶりに会ったテルシウォンの姿を思い出し、頰を緩めた。


(あのお姿は、いやはや、さすがの私も驚いた。)


 戦場で見た王と瓜二つ。


(ご自身で部下も動かしているようで重畳。まぁ、まだ甘いところも多いが、そこはこの老いぼれがお助けするとしよう。)


 ガーランドは颯爽と馬に跨る。西部国境司令官という重職についているが、今回の旅に供は付けていない。50をとうに過ぎた身ではあるが、彼の馬を駆るスピードには、並大抵の者では付いていけない。


(王宮の現状も把握出来た。ルシェルは思ったより動きが早かったな。さすが切れ者の宰相なだけの事はあるか。だが、こちらがまだ優位なのは変わらない。)


 ガーランドは、もう一度城壁のテルシウォンに目をやった。目でも閉じているのか、全く動かない。


(あなたは私の宝ですよ。そして、もう時期、国の宝になる。)


 ガーランドは進行方向に目をやると、馬を走らせた。

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