第13話 それぞれの思惑
時は少し遡る。
テルシウォンと話をした後、ガーランド卿はカルディアン王に謁見していた。王は数段高くなった王座からガーランド卿を静かに見下ろしている。西部国境司令官の公式な謁見ではあるが、他の高官もこの旱魃に対する対策に追われているため、警備のための近衛兵と、宰相のルシェルのみが同席していた。
「…西部の被害状況は以上になります。」
「そうか。ご苦労だったな。ウルターナに何か動きはないか?」
「今のところは。ただ、我が国の旱魃は、そう遠くないうちに、他国の知るところとなるでしょう。とはいえ、我が国とウルターナの間には、テナ砂漠がありますゆえ、進軍してくるにも時間がかかるでしょうが。」
「ご苦労。引き続き、ウルターナの動きに目を光らせろ。また何か必要なものがあれば、すぐに早馬を寄越せ。」
「かしこまりました。」
ガーランド卿は礼を取り退出しようとした。
「テルシウォンと会ったようだな。」
「はい、陛下。僭越ながら、若かりし頃の陛下によく似て、立派になられたと感じ入っておりました。」
「そうか。よもや、何か世迷い言を吹き込んだのではあるまいな。」
「何を仰いますのやら。」
ガーランド卿は穏やかに微笑んだ。その表情からは何も読み取れない。
(昔から、こいつは変わらないな。)
ガーランド卿とは王太子の頃から、共に戦った仲だ。無能の先王は戦を仕掛けるだけ仕掛けておきながら、自ら戦場に出る事は、ほとんどなかった。そのため、戦場の指揮は当時、軍の最高司令官だったガーランド卿が執っていた。
長い間、トリミア皇国の進行を防げたのは彼の戦略による功績が大きい。
後に、カルディアンが王太子として戦場での指揮を執る事になったが、その際にはガーランド卿の戦略を大いに利用させてもらったものだ。
(表情には一切出さず、確実に相手を追い詰めていく。『氷の司令官』だったか。)
カルディアンは当時のガーランド卿の呼び名を心の中で呟く。平和になり歳を重ね、今でこそ目の前のような穏やかな笑みを浮かべるようになったが、当時を知る自分から見れば、薄気味悪いものでしかない。
「勝手な真似はするな。全ては余が決める事だ。」
「私は常に陛下の御心のままにある所存です。」
「だと良いがな。」
ガーランド卿は再度礼を取ると、謁見の間から退出した。
「どう思う?」
カルディアンは黙って事の次第を聞いていた宰相ルシェルに言葉を投げた。
「私もガーランド卿の事は、よく存じております。恐れながら陛下と同じ考えです。」
ルシェルはかけている眼鏡を押し上げながら答えた。
先王の時代から仕えていたガーランドと違って、ルシェルはカルディアンの即位後に宰相になった人物である。歳はカルディアンよりもいくらか若く、今年で41になるカルディアンとは違い、まだ40にも届いていない。宰相になったのはここ数年ではあるが、若過ぎると多少反発もあった。それでも、戦で疲弊した国を立ち直らせたのは、彼の功績が大きい事は周知の事実だったので、彼の宰相就任は皆の予想通りだったとも言える。
「まったく、次から次へと問題が山積みだな。」
王はため息をつくと、王座から腰を上げて執務室へと歩き出した。ルシェルもその後に着いていく。
執務室に着いてから、ルシェルはおもむろに口を開いた。
「陛下。いつ王太子殿下に真実を告げるおつもりです?」
「なんだ、急に。」
「不躾な質問をお許しください。ですが、ガーランド卿が動かれている今、決断を急がねば。王太子殿下のご性格も、あの件が関連しているのは明らかです。」
「お前は、アルディオンに王が務まると思うか?」
「それは、私の口からは申し上げられません。ですが…」
ルシェルは言葉を探すように一度口を閉じた後、カルディアンに告げた。
「『王』という存在は、国の中心であり柱です。柱は強くあらねばならない。ですが、『強さ』とは一体何を指すのでしょう。人は思わぬ危機に直面した際、その真価が問われます。」
ルシェルはカルディアンから目を外し、窓の外を見た。
「おそらく、この旅が王太子殿下を変えるきっかけとなるのではないでしょうか。ですから、ご帰還された後に、きちんとお話をされるべきだと思います。判断は、それからかと。」
ただし…と心の中で付け加える。
(真実は時に残酷だ。アルディオン殿下に受け止められるかは分からない。だからこそ、あの方の真価が問われる。そして…)
もう1人の王子を思い浮かべる。
(テルシウォン殿下も同様に、それを問われている。)
ルシェルは窓からカルディアンに視線を戻した。
「ダンから報告は、まだ来ていませんか?」
「まだだな。」
「それにしても、"影"の中にも裏切り者がいたとは。」
ガーランド卿が何やら動いている事は事前に分かっていた。そこで今回の旅を使って、その男をあぶり出す事に成功した。
(まぁ、きっと、我々の動きもガーランド卿にはお見通しでしょうが。)
ガーランド卿の配下であろう男をあぶり出したとはいえ、確実な証拠がない。我々が掴んだ証拠は、王以外の命令を受けている男がいるというだけだ。ただ、王直属の機関"影"が王以外の命令で動いているというのは、充分に問題である。現段階では、不穏分子として片付けるしかない。
それにしても、この王は自分の息子を、その囮にしたとも言える。
何よりも王である事を優先する男。戦で国が疲弊し誰もが疲れ切っていた時、この男の存在がどれほど皆の救いになったか。
そんな男の救いが、あの王妃だった。
ルシェルは今は亡き王妃を思い出す。公式には病死になっているが、真相は全く異なる。
(あんな悲劇さえなければ…。)
カルディアン王は、王妃を亡くしてからも王であり続けている。痛々しいほどに。この呪われた王家において、それがどれ程までに辛く苦しい事か。
「なんだ。人の顔をじろじろ見て。」
カルディアンは怪訝な声を出した。
「いえ、何でもございません。陛下もお年を召したなと。」
「お前も、変わらんだろうが。つまらん事を言ってないで、さっさと仕事を始めるぞ。」
そう言うと、カルディアンは椅子に座り報告書を読み始めた。
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