第12話 友と別れて

その夜、セレナはなかなか寝付けず、天井をじっと見つめていた。


(カイは嘘をついている…。)

カイがセレナに言った言葉。アルディオンが言ったとされる「私の代わりに国を救って欲しい」という言葉。

あの王子が、そんな事を言うはずがない。


(逃げなくちゃ。でも、どうやって…??)

アムに自分の考えを話すか。いや、カイが嘘をついているという証拠がない。それに、数日前に出会った自分より数年を共にしているカイの方を信用するに決まっている。


セレナは、ゆっくりと寝台から身を起こした。


(カイは私の事を精霊の愛し子だと思っている。あの感じだと、私が愛し子であり続ける限り、当分の間は酷い目に合わない…と思う。)


そのまま寝台から出ると、軽く外套を羽織り外に出た。

宿屋の中庭には、小さな井戸がある。セレナは井戸に近寄ると目を閉じた。


小さな声で古代ダンデルシア語を唱える。あまり抑揚のないエスタリス語と比べて、ダンデルシア語はまるで歌のようだ。


(アルディオンは本当に死んでしまったの?どうか、お願い。私に真実を見せて。)


しばらくすると、ぼうっと井戸の中の水が青く光り出す。

しかし、光はすぐに消えてなくなってしまった。


(ダメだわ。ここには精霊がほとんどいない。私の力じゃ、水鏡みずかがみは使えない。)


水鏡とは、水の精霊の力を借りて他の場所で起きている出来事を写し見る事で、水の精霊と相性の良いダンデルシア人が使う技だ。

基本的に精霊と人間は助け合わない。しかし、古代ダンデルシア語とダンデルシア人には精霊に近しい不思議な力がある。その為、彼等の力を僅かなら使う事が出来る。

しかし、その力の程度は個人によって大きく違う。セレナはティオナンの子孫という事もあってか、精霊との結び付きは強い方ではあるが、この場で力を使う事は出来なかった。


(マカトなら遠くにいる精霊も呼びかけに応えて、力を使う事が出来るかもしれないけれど…。)


セレナはため息をつくと、宿の中へと戻って行った。




(綺麗な花が咲いている。母上に見せよう。)


幼いアルディオンはそう思うと、花を摘み、中庭を抜けて母のいる部屋へと走り出した。母の部屋まで少し距離があるが、喜ぶ顔を想像して一気に走り抜けた。部屋の前で軽く息を整え、勢いよく扉を開ける。


「母上!庭で綺麗な花を見つけました!」


しかし、そこに立っていたのは母ではない。


「父上?」


父はゆっくりとアルディオンを振り返った。その腕には、ぐったりとした母。腹の辺りは真っ赤に染まっている。父の足元には同じ様に赤く染まった剣が転がっていた。アルディオンは後ずさりながら、父を見上げた。すると、そこには見た事もないほど冷たい目をした父の顔があった。


「うわ…あ…あ…」


アルディオンは、その場に尻餅をついた。父は母を床に置き、転がっている剣を拾いあげると、ゆっくりとアルディオンに近づく。

そして、アルディオンの目の前で止まると大きく剣を振り下ろした。



アルディオンは、ハッと目を覚ました。目の前には青空が広がっているが、額にはじっとりと嫌な汗が滲んでいる。


(なんだ、今の夢は。夢にしては生々しい…。)


「おー!目ぇ覚めたか?」


見知らぬ男がアルディオンを覗き込んできた。

「ちょいと待ってな!水飲むだろ?」

男はアルディオンの上体をゆっくりと起こすと口元に水の入った竹筒をあてがった。


「ゆっくり飲めよ。」


はやる気持ちを抑えて男の言う通りに、ゆっくりと水を飲んだ。水は徐々に全身に行き渡り、体が息を吹き返すのを感じる。


「礼を言う。おかげで助かった。」


掠れ声で告げると、男は良いってことよ!と破顔した。男はアルディオンよりかは、いくらか年上に見える。ガタイが良く、身にまとっているのは簡素な鎧だ。少々無骨に見えるが、先程の笑顔はとても人懐っこく感じた。


「ここは…一体…?」


アルディオンは男の腕から抜けて自力で上体を起こしながら尋ねた。


「あんた、あの斜面から転がり落ちたんだよ。俺たちが、この近くに野営してたら、すげぇ音がしてさ。来てみたら、あんたが倒れてたってわけ。」


?」


「おう。お、ちょうど戻ってきた!親父!目ぇ覚ましたぞ!」


アルディオンは男が向いた方に顔を向けた。そこには右手に槍を携え、左手で大きなイノシシを軽々と抱えた壮年の男がいた。体格と雰囲気は介抱してくれた男とよく似ているが、右目に眼帯をしている。


「そうか。それは、良かったな。今からジエル様特製の猪鍋を作ってやるから待ってな!」

そう言って、眼帯の男はニカッと笑った。

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