第11話 暗闇の中で

アルディオン達は東回り、アム達は西回りでカルナンを目指す。

出来るだけ、この場を離れた方が良い事と、戦いの余韻でこれ以上寝付けなかった事もあり、アルディオンとカイはそのまま歩を進める事にした。草木を掻き分けながらゆっくりと確実に進む。


「殿下、お疲れではないですか?」


「大丈夫だ。今のうちに出来るだけ進もう。」


「そうですね。」


「カイこそ、大丈夫か?怪我等はしていないか?」


「大丈夫ですよ。殿下は、本当にお優しい。ですが、やはりそれだけではダメなのですよ。」


先頭を歩いていたカイが立ち止まった。

「急にどうした。」


「何故、セレナ様を返すなどと言い出したのです?」


「それは…」


カイはアルディオンを振り返った。その瞳は、いつもの茶目っ気が全くない。

「セレナ様が、王都に向かうと行ってくださったから良かったものの。国を想うならば、そんな事は尋ねずに強引にでも連れて行こうとすべきでした。」


「しかし…」

アルディオンは言い淀んだ。


「やはり、あなたではダメなのですよ。」

カイはゆっくりと腰にある剣を抜く。


アルディオンは目を見開いた。

「なんのつもりだ?」


「あなたでは、この国の王としての役割は果たせない。殿下の舞台はここで終わりです。国の為に、ここで死んでください。」


そう言うや否や、カイはアルディオンに斬りかかった。アルディオンも急いで剣を抜き応戦する。暗闇の中で何度も剣がぶつかり合う。


「先刻の襲撃も、そなたが仕掛けたものか!?」


「その通りです。」


「では、そなたが陛下の密命を受けたのか。」

アルディオンは応戦しながら問い質すが、疲れのせいか自分の反応が鈍くなっているのを感じる。先程から防戦一方で徐々に後退している。顔の近くを剣が通る。咄嗟に交わしたが、束ねてあったアルディオンの髪が斬られた。


「いえ、私は陛下の命で動いている訳ではありません。ですが…」


カイの剣が喉元に迫る。アルディオンは後ろに飛んでよけたが、足がもつれて片足をついてしまった。


「殿下がよくご存知でしょう。」

カイが静かにこちらに歩み寄る。


「陛下とて同じ事をお考えです。遅かれ早かれ、あなたは死ぬ運命なのです。」

そう言うと、剣を大きく降りかざす。アルディオンは急いで立ち上がったが、その瞬間急に足場が崩れた。そのまま身体も後ろへと倒れ、宙に浮くのを感じる。


(落ちる!!)


そう思ったのと、目の前のカイの冷たい表情見たのを最後に、アルディオンの意識は途絶えた。




セレナはカルナンの街の酒場で、アムとアルディオン達を待っていた。今日で約束の5日目。この酒場で落ち合う事になっている。

セレナとアムは、奥の2人がけの席に座っていた。あまり目立たない場所ではあるが、戸口の様子はよく見える。

酒場は賑わっており人の出入りが絶えない。セレナは何度も戸口を見やるが、いっこうに2人の姿が現れる気配はなかった。


「そんなに心配しなくても、きっと大丈夫ですよ。」


見かねたアムがセレナに言った。


「そう…よね。でも、なんだか不安で。」


アムとセレナは、あれから近くの村で馬を手に入れて、昨日の夜にカルナンに着いた。まるで、あの襲撃が嘘だったのではと感じるぐらい順調だった。


「私達よりも先に、あの2人が着いていると思ってたから…」


「きっと今に現れますよ。その時は

『遅い!』と叱ってやりましょう。」

アムが片目をつむりながら、セレナに言った。


「そうね。」

セレナは、ふっと肩の力をぬくように微笑んだ。

数日の間、一緒に旅をしてセレナとアムは、だいぶ打ち解けていた。


(もし私に兄がいたら、こんな感じなのかしら。)

アムはセレナに畏まって話さなくて良いと言いいながら、自身は丁寧な口調で話すので、少しちぐはぐな感じはするが。


「それにしても、よく旅をご決断されましたね。」

アムは感心したようにセレナに言った。


「なんでかしら?上手く言えないけど、助けたいと思ったのよね。」


「それは、国の事をですか?それとも…」


「分からないわ。」

最初こそ、困ってる人達の役に立ちたいと申し出たが、今はそれだけでは無い気がする。セレナはアルディオンを思い浮かべた。繊細な顔立ちと、自信なさげな表情。でも、いざという時は懸命に勇気を振り絞る姿。


「なんだろう。私、弟がいるんだけど、弟その二みたいな…。」


それを聞いてアムは思わず、飲んでいた水を吹き出しかけた。


「確か、お二人は同じ歳なはずですが。」


「あれ?そうだっけ。でも、なんか、そんな気がするのよね。」


カラン


酒屋の戸がまた開いた。目をやると、そこにはカイが立っている。カイはアムとセレナを認めると、すぐにこちらにやって来た。


「遅かったじゃないか。何故1人なんだ?」

アムが怪訝そうに尋ねる。

よく見ると、カイには剣で斬られたような傷がいくつかあった。


「実は、あの後奴らに襲われて。そして…」

カイにしては歯切れが悪い。カイはアムとセレナを順に見てから、声を落としてこう言った。


「殿下は亡くなられた。」


カイはおもむろに、白銀の髪を取り出す。

「お身体は殿下のご意思で森に埋葬した。代わりにこれを。全てが終わったら、迎えに来て欲しいと。」


カイは悔しげに顔を歪ませると、セレナを見た。


「どうか、最後まで愛し子としての役目をお果たしください。殿下もそれをお望みです。」


セレナは絶句した。数日前まで一緒にいて、手を握って森の中を走って、そしてつい先程、いつここに現れるのかと話をしていたばかりだというのに。


(死んだ…??嘘よ、そんなの…)


目の前が真っ暗になる。


カイはもう一度、セレナの目を覗き込むように言った。


「殿下からお言葉を預かっております。『精霊の愛し子として、私の代わりにこの国を救ってくれ』だそうです。」


セレナは無言で頷いた。その際、テーブルに涙がこぼれ落ちた。

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