第10話 真夜中の戦い

辺りは暗くお互いの息遣いしか聞こえない。だが、アルディオンにも自分達が囲まれている気配が分かる。


緊張が限界まで張り詰めたその瞬間、音もなく複数の男達が木々の影から躍り出た。ダン、カイ、アムが迎え撃つ。

ガシン!ガシン!と暗闇に剣のぶつかり合う音と、騒ぎで動揺した馬のいな鳴き声が聞こえる。ダンとカイは、それぞれ2人の男を同時に相手取っているようだ。アルディオンは左手でセレナの手を握りながら、右手で剣を抜いた。


「アム!お2人を別の場所へ!」

カイが叫ぶ。敵を倒したアムがアルディオンの側にかけてくる。


「こちらへ!」


アムに促されるまま、アルディオンとらセレナは走った。

しかし、アルディオンの右側からまた新たな伏兵が飛び出した。セレナが短く悲鳴をあげた。アルディオンは咄嗟に持っていた剣で相手の攻撃を防ぐ。


「殿下!」

アムがアルディオンの相手に切りかかり、せり合いながら叫んだ。

「逃げて下さい!!」


アルディオンはセレナを連れて、そのまま走り出す。


(どこへ逃げれば…!!)


アルディオン達がいたのは、ギナムの森から少し歩いた茂みだ。一番安全なのはギナムの森。自分とセレナなら森の結界内に入れる。


(だが…)


アルディオンは空を見上げた。先程は木々のせいで見えなかったが、今夜は満月。明る過ぎる。ギナムの森に繋がる道は、ひらけた場所を通らねばならない。もし近くに敵がいたら、格好の的だ。


(それに…)

アルディオンは隣を走るセレナを見た。かなり息が上がっている。ギナムの森までもつかどうか。


(どこか…隠れる場所を…)


アルディオンは周囲を見回した。左前方に大きな倒木がある。とりあえず、そこまで走り、倒木の隙間に身体をねじ込んだ。


息を懸命に整える。こんな経験今までに一度だってない。怖い。今更ながら、足が震えてきた。


ふと左手を強く握られた。驚いて見ると、セレナが震えている。アルディオンは自身も震えないように気をつけながら、セレナに声をかけた。


「すまない。こんな目に合わせて。」


セレナは下を向きながら首を横に振った。

「あなた…のせいじゃない。自分で…行く…って決めた事…だから。」


それでも声が震えている。


(くそ、どうすればいい…。考えろ…考えるんだ!!)


「とりあえず、もう少し先に進もう。出来るだけここを離れないと。ダン達なら敵を倒した後に、私達を見つけてくれるはずだ。」


アルディオンが言うと、セレナは無言で頷いた。

2人は倒木の隙間から出ると、そのまま周囲を警戒しながら暗闇を進んだ。戦いの音は聞こえない。


しばらく歩くと、背後の茂みからカイとアムが現れた。


「殿下、セレナ様。よくぞご無事で。」

カイは安堵の表情を浮かべた。


「ダンは?」


「それが…」

カイは言葉を切ったが、意を決したように続けた。


「どうやら敵を手引きしたのは、ダンのようです。」


「なんだと!?」


「敵の動きは、ただの物盗りのようには思えませんでした。そして、暗闇の中、私達の居場所を正確に把握して包囲してきた。何よりも、戦いの最中にダンが消えたんです。」


「それは…敵にやられたのでは…」


「それにしては不自然です。それに…実はカルナンの街にいた時、ダンが何やら密書を預かっていたようでした。」


「密書?」


「ええ。王家の紋で封をされていました。一瞬でしたが、見間違いようがありません。」


「そんな…では、この件には陛下が関わっているという事か?」


「まだ断定は出来ませんが…おそらく…。」


アルディオンは愕然とした。

(まさか…陛下が私の命を狙ってる?廃太子だけでは飽き足らず、命までも奪うというのか!?)


確かに、盗賊に襲われた等と事故に見せかけて殺してしまえば、将来に禍根は残らない。迂闊だった。父王の性格なら、ここまで徹底してもおかしくないのに。どこかで血の繋がりに縋っていたのかもしれない。


(私はなんて愚かなんだ…。)

この旅が終われば、父の自分を見る目が少し変わるのではないかとさえ思っていた。とっさにセレナを精霊の愛し子だと偽ったのも、きっとそんな淡い期待を現実にしたかったからだ。


動くことの出来なくなったアルディオンにアムが声をかけた。


「殿下、お気を確かに。陛下のご意思を確認する為にも、生きて王宮に帰りましょう。」


アルディオンは、のろのろとアムの顔を見た。強い瞳とぶつかる。自分とそこまで歳が離れている訳ではないのに、まるで大木のように揺れ動かない意思を感じる。


アルディオンは、気を取り直すように頭を振った。


「そうだな。」

そう。今は絶望している場合じゃない。


それを見て、カイがアルディオンに提案をした。

「恐れながら、殿下。相手の出方が分からない以上、カルナンの街まで一度二手に分かれるのはいかがでしょう?」


「そうだな。いや、それよりも。」

アルディオンは、先程から黙っているセレナの方を見た。


「巻き込んでしまってすまない。今の話でも分かるように、相手の狙いはこの私だ。しかし、そなたにもさっきのような危険があるかもしれない。」


アルディオンはセレナの瞳を見つめた。暗闇の中で見る紫の瞳は、昼間の時よりも綺麗だなと、少し場違いな事を思った。


「ここから、ギナムの森まではそう遠くない。そなたは、戻ってくれ。カイかアムに送らせる。」


「しかし、殿下!」

カイの発言をアルディオンは片手で制した。


「そなた達は知らぬが、本来であれば森の民が我々に協力する筋合いなどないのだ。」


セレナはじっとアルディオンの瞳を見返したが、しばらくして、ふっと一つため息をついた。表情が少しだけ和らぐ。


「私も一緒に王都へ行くわ。さっきも言ったけど、私が決めた事だから後悔はしない。」


「しかし…」


「女に二言はないわ。それ以上、何か言うと怒るわよ!」

セレナは右拳を振り上げて、何故かアルディオンを威嚇した。


「うわ!」

思わず、アルディオンは後ずさる。


ぶっ!とアルディオンの隣でカイが噴き出した。


「失礼。いや、女性はこういう時に強いですね。それでは、私は殿下と、アムはセレナ様をお連れしろ。5日後にカルナンの街で。」


そう言うと、アルディオン達はお互いの身を案じつつ二手に分かれた。

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