第9話 束の間の休息

カイとダンは静かにアルディオンの帰還を待っていた。アムは少し戻った所で夕飯の支度をしている。


「殿下はご無事だろうか。馬だけが戻って来たが…。」


カイが呟くとダンは静かに応えた。


「馬は精霊達の気に当てられて驚いたのだろう。だが、ギナムの森は余所者は入れない。森の民が殿下に危害を加えるとも思わん。きっとお戻りになる。」


カイはダンを見た。表情は一切変わらない。本当に心配しているのかどうかも読み取れなかった。


「精霊の愛し子は協力すると思うか?」


「さあな。俺もお前と同じ様に、一族に伝わる程度の事しか知らん。だが、森の民を動かせるのは王家の方のみだろう。現に、我々は森に入る事が出来ない。」


カイやダンの一族は、王家と同じ様に森の民の存在と、その居場所を言い伝えている。古の契約により存在する伝説の民。しかし、その内情や森の民と王家の間で、どのような取り決めがなされているのかまでは伝えられていない。


「なぁ、ダン。殿下の事をどう思う?」


「どうとは?」


「この国の次期王としてだ。」


「それは我々の考えるべき事ではない。我らの役目は"影"として、どのような任務も遂行し、この国を支えるだ事だけだ。」


「どのような任務も…ね。」


カイは呟くとダンから視線を外した。すると、目の前に2つの影が見えた。 カイは笑顔で言った。


「待ち人来たりだ!」




アルディオンとセレナはハナンとマカトに見送られ、ギナムの森を出た。


「もうすぐ日が暮れるな。」


空を見上げてアルディオンが呟いた。

ハナンからは、休んでいく事を提案されたが、時間が惜しい。


(夜になる前に、ダン達と合流したい。)


アルディオンの思いが通じたのか、ギナムの森を抜けてすぐ、2人の男の姿が見えた。


「ダン!カイ!」


「殿下!」

カイが嬉しそうに駆け寄って来た。その後ろにダンが続く。


「ご無事の帰還何よりでございます。馬だけが戻って来た時は、気が気ではありませんでしたよ。」


「ああ。待たせたな。紹介する。この娘が…精霊の愛し子セレナだ。」


セレナは驚いたようにアルディオンを見たが、何も言わなかった。


「こんなに可愛いらしい方が。私は殿下の護衛のカイと申します。」


カイがそう言い微笑むと、セレナは顔を赤くした。


「えっと…、よろしくお願いします。」


「私はダンと申します。伝説の精霊の愛し子にお会い出来て光栄です。」


ダンはセレナに挨拶してから、アルディオンを見た。


「もうすぐ日が暮れます。この少し先でアムが野営を整えておりますので参りましょう。」


ダンとカイに着いて行きながら、セレナがアルディオンに囁いた。


「ねぇ、さっきの。」


「そういう事にしておいてくれ。」


「なんでよ?」


「そっちの方が何かと都合が良い気がしないか?」


「そうかもしれないけど…。後でどうなっても知らないわよ?」


「仲がよろしいのですね。」


カイがにっこりとしながら振り返った。


「そういう訳ではない。」

「そういう訳じゃありません。」


思わず二人の声がかぶる。


「あはは。仲がよろしいではありませんか。私からして見れば、なんとなくお似合いのお二人ですがね。」


カイが悪戯っぽく笑う。


「まったく、冗談はよしてくれ。」


「冗談って何よ!」


「殿下、女性には優しく接するものですよ…。」


そんな、たわいも無い会話をしながら歩いて行くと、フワッと良い匂いがした。


(アムの鍋料理だ!)


草をかき分け、ダンの肩越しから前方を見ると、思った通りアムが鍋をかき回していた。アムはアルディオンの方を見ると、満面の笑みを浮かべた。


「お帰りなさい。殿下。」



この日の夕食はアルディオンにとって忘れられないものとなった。まだ旱魃の問題も自身の継承問題も、何一つ解決した訳ではなかったが、森の民と出会いセレナを連れて来れた事に一種の達成感があった。


(と言っても、一人で成し得た訳ではないが。)


アルディオンは全員の顔を見回した。無口だが皆を引っ張るダン。気配りの上手いカイ。料理上手のアム。そして、自ら協力を名乗り出てくれたセレナ。

アルディオンは礼を言おうと口を開きかけてやめた。まだ旅は終わっていない。


(王宮に着いてからだな。)


そう思いながら、夕食のスープをすくって食べた。

しかし、この時のアルディオンの想いが現実となる事はなかった。



「殿下、起きて下さい。」

夜半、アルディオンはカイの囁き声で目を覚ました。


「何事だ?」

アルディオンは周囲を見回す。同じ様にアムがセレナを起こしていた。ダンはいち早く剣を握り周囲を警戒している。


「囲まれています。」


「なんだと?」


「人数は5,6 人といった所でしょう。ご安心下さい。この程度なら、問題ございません。殿下はセレナ様のお近くに。」


「分かった。」

アルディオンはセレナの隣に移動した。


「何が起こってるの?」

セレナの声は震えてこそいなかったが、恐怖を感じている事は十分に伝わった。


「分からない。何者かに囲まれているようだ。だが、大丈夫だ。」

アルディオンは安心させるようにセレナの手を握った。


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