第9話 束の間の休息
カイとダンは静かにアルディオンの帰還を待っていた。アムは少し戻った所で夕飯の支度をしている。
「殿下はご無事だろうか。馬だけが戻って来たが…。」
カイが呟くとダンは静かに応えた。
「馬は精霊達の気に当てられて驚いたのだろう。だが、ギナムの森は余所者は入れない。森の民が殿下に危害を加えるとも思わん。きっとお戻りになる。」
カイはダンを見た。表情は一切変わらない。本当に心配しているのかどうかも読み取れなかった。
「精霊の愛し子は協力すると思うか?」
「さあな。俺もお前と同じ様に、一族に伝わる程度の事しか知らん。だが、森の民を動かせるのは王家の方のみだろう。現に、我々は森に入る事が出来ない。」
カイやダンの一族は、王家と同じ様に森の民の存在と、その居場所を言い伝えている。古の契約により存在する伝説の民。しかし、その内情や森の民と王家の間で、どのような取り決めがなされているのかまでは伝えられていない。
「なぁ、ダン。殿下の事をどう思う?」
「どうとは?」
「この国の次期王としてだ。」
「それは我々の考えるべき事ではない。我らの役目は"影"として、どのような任務も遂行し、この国を支えるだ事だけだ。」
「どのような任務も…ね。」
カイは呟くとダンから視線を外した。すると、目の前に2つの影が見えた。 カイは笑顔で言った。
「待ち人来たりだ!」
※
アルディオンとセレナはハナンとマカトに見送られ、ギナムの森を出た。
「もうすぐ日が暮れるな。」
空を見上げてアルディオンが呟いた。
ハナンからは、休んでいく事を提案されたが、時間が惜しい。
(夜になる前に、ダン達と合流したい。)
アルディオンの思いが通じたのか、ギナムの森を抜けてすぐ、2人の男の姿が見えた。
「ダン!カイ!」
「殿下!」
カイが嬉しそうに駆け寄って来た。その後ろにダンが続く。
「ご無事の帰還何よりでございます。馬だけが戻って来た時は、気が気ではありませんでしたよ。」
「ああ。待たせたな。紹介する。この娘が…精霊の愛し子セレナだ。」
セレナは驚いたようにアルディオンを見たが、何も言わなかった。
「こんなに可愛いらしい方が。私は殿下の護衛のカイと申します。」
カイがそう言い微笑むと、セレナは顔を赤くした。
「えっと…、よろしくお願いします。」
「私はダンと申します。伝説の精霊の愛し子にお会い出来て光栄です。」
ダンはセレナに挨拶してから、アルディオンを見た。
「もうすぐ日が暮れます。この少し先でアムが野営を整えておりますので参りましょう。」
ダンとカイに着いて行きながら、セレナがアルディオンに囁いた。
「ねぇ、さっきの。」
「そういう事にしておいてくれ。」
「なんでよ?」
「そっちの方が何かと都合が良い気がしないか?」
「そうかもしれないけど…。後でどうなっても知らないわよ?」
「仲がよろしいのですね。」
カイがにっこりとしながら振り返った。
「そういう訳ではない。」
「そういう訳じゃありません。」
思わず二人の声がかぶる。
「あはは。仲がよろしいではありませんか。私からして見れば、なんとなくお似合いのお二人ですがね。」
カイが悪戯っぽく笑う。
「まったく、冗談はよしてくれ。」
「冗談って何よ!」
「殿下、女性には優しく接するものですよ…。」
そんな、たわいも無い会話をしながら歩いて行くと、フワッと良い匂いがした。
(アムの鍋料理だ!)
草をかき分け、ダンの肩越しから前方を見ると、思った通りアムが鍋をかき回していた。アムはアルディオンの方を見ると、満面の笑みを浮かべた。
「お帰りなさい。殿下。」
この日の夕食はアルディオンにとって忘れられないものとなった。まだ旱魃の問題も自身の継承問題も、何一つ解決した訳ではなかったが、森の民と出会いセレナを連れて来れた事に一種の達成感があった。
(と言っても、一人で成し得た訳ではないが。)
アルディオンは全員の顔を見回した。無口だが皆を引っ張るダン。気配りの上手いカイ。料理上手のアム。そして、自ら協力を名乗り出てくれたセレナ。
アルディオンは礼を言おうと口を開きかけてやめた。まだ旅は終わっていない。
(王宮に着いてからだな。)
そう思いながら、夕食のスープをすくって食べた。
しかし、この時のアルディオンの想いが現実となる事はなかった。
「殿下、起きて下さい。」
夜半、アルディオンはカイの囁き声で目を覚ました。
「何事だ?」
アルディオンは周囲を見回す。同じ様にアムがセレナを起こしていた。ダンはいち早く剣を握り周囲を警戒している。
「囲まれています。」
「なんだと?」
「人数は5,6 人といった所でしょう。ご安心下さい。この程度なら、問題ございません。殿下はセレナ様のお近くに。」
「分かった。」
アルディオンはセレナの隣に移動した。
「何が起こってるの?」
セレナの声は震えてこそいなかったが、恐怖を感じている事は十分に伝わった。
「分からない。何者かに囲まれているようだ。だが、大丈夫だ。」
アルディオンは安心させるようにセレナの手を握った。
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