第7話 古の契約
遅れて家の中に入ったアルディオンを出迎えてくれたのは、ギナムの森の長老ハナンだった。好々爺然とした風貌のハナンはアルディオンを見ると懐かしそうに微笑んだ。
「アルディオン殿下。大きくなられましたね。さぁ、こちらに座ってください。」
ハナンは中央にある囲炉裏の向こう側に胡座をかいた。その右にセレナ、左にマカトがいる。
「私を知っているのか?」
「ええ。立太子の儀でお会いしております。殿下は、まだ生まれて間もなかったので、覚えていなくても無理はありません。」
アルディオンは勧められるまま、囲炉裏を挟んでハナンの向かい側に胡座をかいた。
「単刀直入に言う。私は陛下の密命を受けて、精霊の愛し子を連れに来た。今、エスタリス王国は1000年に一度と言われる旱魃に苦しんでいる。そなた達の助けを借りたい。」
それを聞いたセレナは声をあげた。
「それって、マカトを連れて行くって事!?ダメよ、そんなの!この子はまだ幼いし、何よりも…口がきけないのよ!?」
「だが、精霊との意思疎通は出来るのだろう。この目で見た。」
「私だって、会話ぐらい出来るわよ!」
「では、何故そなたではなく、マカトが精霊の愛し子なのだ?」
「それは…」
「殿下。」
ハナンがやんわりと2人の会話を遮った。
「我等、森の民の事をどのぐらいご存知で?」
「正直に言うと、何も知らない。私は陛下に言われ、従者に導かれて来た。そなた達の存在すら疑っていた。」
「はあ?」
セレナは呆れたような声を出した。
「つまり、本当に、言葉通り言われたから来ただけって事?しかも、他人に連れて来てもらって?なにそれ。あなたの意思はどこにあるのよ。」
「私の意思など関係ない。陛下が望まれるか否かが問題だ。」
セレナは呆気に取られた。
「でも、次の王はあなたなんでしょう?」
「どうだろうな。私には3つ上の兄がいる。兄の方が私よりも王に相応しいと誰もが思っている。この私も含めて。近い将来、きっとまた立太子の儀があるさ。」
セレナは一瞬、口を開きかけたがやめた。
その様子をじっと見ていたハナンがゆっくりとアルディオンに語りかけた。
「まずは殿下に、我等の事を知って頂く必要がございますな。」
ハナンは少し遠い目をしてから話し始めた。
「エスタリス王国初代王ジリアスとティオナン、サヴエルの話はご存知ですね?」
「ああ。建国神話だな。ジリアスと彼に嫉妬して命を奪おうとしたサヴエルを、精霊の愛し子ティオナンが助けたというやつか。」
「我等、森の民はティオナンと彼女に従った古代ダンデルシア人を祖としています。実はティオナンはサヴエルからジリアスを助けるために、精霊王とある契約を交わしたのです。」
「契約?」
「本来、精霊と人間は助け合いなどしないのですよ。我等は精霊の声を聞き、自然の流れを察します。風の精霊が騒いでいれば、嵐の前触れ。雨の精霊が騒いでいれば、雨が降る。自然をコントロールする事など出来ないのです。それが精霊と人間の理です。」
アルディオンは愕然とした。
「だが、サヴエルは闇の精霊の力を借りたんだろう!?そして、ティオナンも精霊王と…」
「仰る通りです。ごく稀に、生れつき精霊と意思疎通ができ、尚且つ協力関係に持ち込む事ができる者もいます。精霊達に無条件に好かれるというのでしょうか…。そうした者達が精霊の愛し子です。しかし精霊と人間が手を組むなど、本来あってはならないこと。精霊王がティオナンに力を貸したのは、何もティオナンが精霊の愛し子だったからだけではありません。闇の精霊達が禁忌を破った事も関係しています。」
ハナンは目を伏せた。
「何故、彼等が禁忌を破ったのか。それは私達も存じません。精霊界の事ですからね。事態を重く見た精霊王はティオナンの協力要請を引き受けた。そして今後一切、このような事がないように、2人の間である契約がなされた。」
ハナンは顔を上げてアルディオンを見据えた。
「一部のダンデルシア人を除き、精霊の声を聞く能力を失わせる事。また我等、ティオナンの子孫は人間と精霊の調和が崩れぬよう見守り続け、その調和が崩れるような事があれば、命を賭して防ぐ事。その代わり、我等はこのギナムの森で豊かに暮らす事が許されている。」
アルディオンは絶望した。
「では、そなた達は協力できないと?」
「ええ、本来ならば。」
ハナンは言葉を探すように視線を彷徨わせた。
「この話は本来、エスタリス王家も承知のはず。なぜ王が、殿下を遣わされたのか。それが、いささか気になります。」
「それなら予想がつく。」
アルディオンは俯きながら、静かに声を発した。
「そなた達が協力出来ないのを陛下が承知の上で私を送り出したのなら…、私を廃太子にする時間が欲しかったのだろう。」
(これで陛下の意思が、はっきりした。だが…)
アルディオンはここまでの道のりや、カルナンの宿屋の亭主の言葉を思い出す。
(エスタリスの民が苦しんでいるのは事実だ。私の王太子としての役割があと少しだとしても、最後まで演じなくてはならない。舞台が終わるその日まで。)
アルディオンは拳を握りしめた。
顔を上げろ…!!
「それでも、どうか。少しでいい。何か力を貸して欲しい。今は持ち堪えていても、このままでは多くの民が旱魃の犠牲になる。今の私に出来る事は、なんだってする!頼む!」
「しかし…、殿下…」
「協力しようじゃないの!」
言い淀むハナンの隣でセレナが声をあげた。
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