第6話 兄の想い

テルシウォンは、いつもの様に庭で剣術の稽古に励んでいた。一通りの型を行うのが、朝の日課である。


「熱心だな。」


「陛下!」


テルシウォンは慌てて剣を仕舞おうとしたが、カルディアン王はそれを制した。


「よい、続けろ。いや、私が少し相手をしよう。」


「本当ですか!?」


テルシウォンの心は喜びで飛び跳ねそうになった。弟は父の事を恐れているようだが、テルシウォンにとって父は尊敬の対象でしかない。


「どこからでも来い。」


王は剣を構えた。

空気が一瞬にして張り詰める。テルシウォンは全身の毛がぞわりと逆立つのを感じた。


(なんという気迫…!!)


自身も剣を構えて集中する。

テルシウォンはスッと空気を浅く吸うと思い切り踏み込み、上から下へ大きく剣を振り下ろした。


王はそれを片手で簡単に受け止める。


(このまま畳み掛ける!!)


彼が国で一番の剣の使い手だと言われるのは、このスピードが大きな要因だ。素早い足運びと剣戟。

テルシウォンは手首を返し二撃、三撃、と剣を繰り出して行く。王は少しづつ後退しながら、全てを受け切っていた。


(まだだ…!!)


テルシウォンは腰を少し屈め、左から右へ一閃した。


が、王はそれを後ろに跳ねてかわした。


「ほう。単調な前半の攻撃と比べて今の一撃は良かったぞ。」


王はニヤリと笑うと、剣を構え直した。


「次は私の番だ。」


(そうはいかない…。こちらから、もっと仕掛けに行く…。)


そう思って、もう一度距離を詰めようとした瞬間、王の方が半呼吸分早く動いた。


ガシン!!


すでに王の方から間合いに入られた。


(しまった…!!)


そのまま、次々と剣が繰り出される。


(全てが速くて…ぐっ、何より重い!!)


なんとか受け流そうとしたが、攻撃が早く受け止めるので精一杯。五撃目でついにテルシウォンは剣を落としてしまった。王の切っ先が喉元で止まった。


(強過ぎる…!!)


王は剣を下ろした。


「お前の剣は剣術大会では優勝出来るが、戦では役に立たんな。綺麗過ぎる。戦では少ない剣戟で、いかに相手にとどめを刺すかが肝心だからな。」


「…肝に命じます。」


だが…、と王は剣を仕舞いながら続けた。


「よく私の剣戟を受け止めた。戦では多くの者が受け止められずに死んで行ったものを。この調子で励め。」


「はい!ありがとうございます!」


王はそう言うと、テルシウォンを通り過ぎながら、そっと呟いた。


「カルナンに人をやったそうだな?そんなに弟が心配か?」


テルシウォンの心が一気に凍りついた。


「陛下の采配に不満がある訳ではありません。ですが、何故この時期に東へ視察に?旱魃の影響は西の方が大きいのはご存知のはず。」


「西からの風は暑過ぎるからな。」


「は?」


「お前の祖父が王都に着いたと連絡があった。お前は賢いから、熱の冷まし方は分かるな?これ以上は見過ごせんぞ。」


そう言うと、王は去って行った。


テルシウォンもまた剣を仕舞い、王とは反対の方へと歩いて行った。向かったのは、第二妃サリアナ妃の部屋。テルシウォンの実母である。


テルシウォンが中に入ると、母はくつろぎながら、初老の男と談笑していた。


「あら!殿下!剣術の稽古は終わりましたの?」


母は明るい声で、テルシウォンを振り返った。その声も美貌も、テルシウォンの幼い頃から、少しも衰えていないと感じる。


すると、母と談笑していた男が立ち上がった。


「殿下!しばらく見ないうちに、またご立派になられましたな!」


そう話しかてけて来た男こそ、テルシウォンの祖父ガーランド卿だ。現在は西のウルターナ王国との国境警備の要職に就いている。


「お久しぶりです、お爺様。お元気そうで何よりです。いつまでこちらに?」


「それが、そう長くも居られないのですよ。今回は旱魃の被害と警備状況を陛下に、直にお伝えする為に参ったものですから。」


「そこまで深刻なのですか。」


「これ以上、旱魃が進めば警備に支障が出るのは明らかですな。」


「そうですか…。少しお話をお聞かせ願えますか?」


「もちろんですとも!」


「あら?では、私は外すわね。2人でゆっくりとお話し下さいな。」


母はそう言うと、侍女を伴って庭園の方へと歩いて行った。


テルシウォンは母の座っていた椅子に腰掛け、ガーランド卿と向かい合った。ガーランド卿はゆっくりと微笑んだ。


「本当にご立派になられて。若かりし頃の陛下にそっくりですよ。それで、お話はなんでしょうか?」


「お見通しでしたか。」


「年寄りをなめてもらっては困りますよ。殿下の顔には、私に聞きたい事があると、はっきり書いてありますからね。」


「陛下も、お爺様のお考えはお見通しの様ですよ。」


「ほう?」


「自重なされた方が良い。少なくとも今は…」


「今だからこそですよ、殿下。国が不安定な今だからこそ、実行に移す意味がある。私の望みを申し上げても?」


ガーランド卿は静かに続けた。


「殿下の王位継承です。」


「お爺様!!」


「心配ございません。ここには、信頼出来る部下しかおりません。」


ガーランド卿は微笑んだ。


「殿下のお望みは、何ですか?」


「望み?」


「殿下は、この国を憂えた事はありませんか?」


「確かに、この旱魃は問題ですが…


「今に限った事ではありません。先王の御代、この国は他国の侵略を許してしまっていました。」


ガーランド卿はその頃を思い出すかのように、少し遠い目をした。


「殿下もご存知の通り、それを追い払い平和をもたらしたのが現在の陛下です。それはそれは、本当に素晴らしい戦いぶりでした。その時、私は確信したものです。このお方こそ、エスタリスを平和に導く方だと。」


「その通りになったではありませんか。」


ガーランド卿は、テルシウォンを見据えた。


「殿下の考える平和とはなんです?他国との協定ですか?そんなの、いつ破られるか分かりません。私が求めるのは真の平和です。」


その目には強い意志が宿っている。


「ダンデルシア大陸の統一。それが真の平和です。しかし、陛下はトリミアの皇女を娶り、戦をやめてしまった。」


ガーランド卿は一瞬目を伏せたが、またすぐにテルシウォンを見た。


「ですが、私は諦めていません。しかし、あの王太子では弱過ぎる。あなたが王になるべきです。先刻、今は自重すべきだと仰いましたね?殿下も、ご自身の王位継承をお考えになっていたのでは?」


テルシウォンは考える様に目を閉じた。脳裏には強い父の姿、王座、そして最後に気弱な弟の姿が映る。


「殿下。改めてお聞きします。あなたのお望みは何ですか?」


テルシウォンはゆっくりと目を開いた。


「王座だ。」

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