第5話 森の民

アルディオンは子どもを腰からそっと話し、屈んで視線を合わせた。

紫の瞳を持った綺麗な顔をした少年だ。その服には、紫色で見慣れない紋様が刻まれている。


「見慣れない格好だな。そなたは、どこから来た?」


「…。」


少年は、アルディオンをじっと見つめたままで何も答えない。


(困ったな…)


すると、ぐーっと場違いな音が自身の腹からした。

そういえば、朝から何も食べていない。

アルディオンは、アムからもらったヒャランを取り出して、1つを目の前の子どもに差し出した。


「ほら。そなたも食べるか?美味いぞ。」


少年は受け取ると、少しの間不思議そうに、ヒャランを見つめた後、恐る恐る口にした。途端、少年の目が丸くなった。


「な、美味いだろう?」


アルディオンは自らも、ヒャランを食べながら、少年を見た。基本的にヒャランは薬草の癖のある香りが残る事が多いのだが、アムの作ったヒャランは香りが強くなく、砂糖の程よい甘さと薬草の味が程よく混ざっていて美味い。

少年は何度も頷くと、ヒャランをペロッと平らげてしまった。


「そなたの名前は、何と言うのだ?」


アルディオンは少年に尋ねてみたが、彼は困ったように首を傾げるだけだ。


(もしかしたら、話せないのか…?)


「そなたは1人か?親はどこにいる?森は危ないから、私が送ろう。」


少年は頷くと、アルディオンの手を取って歩き出した。

湖を左手に少し歩き、また森の中へと入って行く。次の瞬間、パンっと何かが弾けたような音が鳴り、視界がぐにゃりと歪む。思わず立ち止まって目を閉じ、またゆっくりと開けると、不思議な事に、目の前には集落が広がっていた。

皆、少年と同じ見慣れない服装をしている。模様は似ているが、赤、緑と様々だ。


「ここ…は??」


「マカト!!」


突然、少女がこちらに駆け寄って来た。


「どこにいたのよ!心配したじゃない!」


肩に付くか付かないかぐらいの黒髪を揺らしながら、少女は少年に言った。

少年は申し訳なさそうに少女を見上げる。続いて、少女は隣に立つアルディオンを見る。歳はアルディオンと同じぐらいだろうか。少年によく似た綺麗な顔立ちと紫の瞳を持っている。


「あなた…。なんで外の人間がここに?マカトが連れて来たの?だとしても、どうして入る事が出来たの?」


「いや、その、私にもよく分からないんだが…。」


アルディオンは少年との出会いの経緯を話した。


「そう言う事ね。あなたが出会ったのは、水の精霊ね。少し悪戯好きな所があって、よく旅人を迷わせたりするのよ。場合によっては、そのまま帰って来れなくなるわ。」


「そうなのか。では、君が救ってくれたんだな。ありがとう。」


アルディオンは、マカトと呼ばれた少年と視線を合わせながら礼を言った。マカトは少し嬉しそうに微笑んだ。


アルディオンは、立ち上がり少女に尋ねた。


「私はギナムの森に行きたい。精霊の愛し子を探しているんだ。何か知らないだろうか?」


少女は目を丸くした。


「ここだけど。」


「は?」


「今あなたのいるこの場所が、ギナムの森。精霊の愛し子は、あなたの隣。」


「え?」


「まぁ、良いわ。私の名はセレナ。その子の姉よ。ちょっと付いて来て。」


セレナと名乗った少女はそう言うと、スタスタと歩き始めてしまった。アルディオンは慌てて彼女の後を付いて行く。


「何処に行くんだ?」


「爺様の所よ。私達、森の民の長老なの。ねぇ、あなた本当にエスタリス王国の王族?」


「!?なぜ…、それを??」


「いくらマカトが導いたからと言って、こちらに入れるのはジリアスの血を引く王族だけよ。…伝説通りならね。」


「カマをかけたのか。」


「人聞きの悪い事を言わないでよ

。だって、あなた、あんまり王族っぽくないんだもの。」


「な!」


「はい、着いたわ。」


セレナはそう言うと、アルディオンが反論する前に、さっさと目の前の家に入って行った。


(な、なんなんだ!?あいつ!!無礼にも程があるだろ!!)


アルディオンが立ち止まっていると、家に入ろうとしたマカトが不思議そうに、こちらを振り返った。


「いや、なんでもない。行くよ。」


アルディオンは、優しくマカトに言うと目の前の家を見上げた。

石造りが主流のエスタリスの家と違って、この集落の家は全て木で出来ている。また家には、マカト達の服にあるような紋様が描かれている。


(おそらく、古代ダンデルシア人の紋様だろう。似たようなものを歴史書で見た事がある。それにしても、ここまで違う文化が未だに存在しているとはな。)


エスタリスは王国は、海の向こうの大陸から渡って来たジリアスによって建国された国だ。当初こそ、ダンデルシア人の風習などが残っていたが、今ではほとんど残っていない。


父王が、古代文化を許容しているのは意外に感じた。あの容赦の無い性格からして、今は問題なくとも、将来的にどうなるか分からない異文化を根絶やしにしても、おかしくない。

アルディオンは、単身でこの森に乗り込む王が容易に想像出来た。エスタリスの赤獅子。やりかねない。


父王の冷たい目を思い出す。あれはいつ見た目だったか。あの目を見た時から、アルディオンにとって父王は恐怖の対象ともなった。ズキンと頭痛がした。これ以上、思い出せない…。


(今はそれどころではない。)


アルディオンは頭をひとつ振ると、家の中に入って行った。

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