第4話 ギナムの森
明朝、アルディオン達はカルナンを後にした。
街を出て、さらに東へ3日間進むと、突如として大きな森が現れた。
「ここがギナムの森か?」
アルディオンはダンに尋ねた。
「いいえ。正確には違います。入り口というべきでしょう。」
「いや、確かに森の前に立っているから入り口だろうが、私が尋ねているのはそういう意味ではない。つまらない冗談はよしてくれ。」
真顔で答えたダンに少々呆れながらアルディオンは言った。
「冗談ではありません。ギナムの森は精霊達に守られています。王家の方しか辿り着く事は出来ないのです。我等が行っても、ただ、この森を通り抜けるだけです。ですので、ここから先はお一人で行かれてください。我々はここでお待ちしております。」
「な、なに!?だが、私は何も知らないんだ。何も…。どうしたら良いんだ。」
「存じ上げません。」
「しかし…」
「失礼ながら、密命を受けたのは殿下でございます。」
ダンの低くよく通る声が響く。
「我等は、あくまでお供。精霊の守り以前に、本来であれば、ご自分で成し遂げるべき事案です。」
「それは、そうだが…」
すると、カイがすっとアルディオンの側に馬を進めた。
「稽古ですよ、殿下。ご不安でしょうが、その気持ちごと飲み込んで進むのです。殿下ならお出来になります。そういう役なのです。」
アムもアルディオンの側に来て、例の隠し味の入った筒と小さい麻の袋を渡した。袋には、ヒャラン(もち米、薬草、砂糖等を混ぜた携帯食)が入っていた。
「空腹は敵です。俺のヒャランはウサギ鍋と同じぐらい美味いですよ。」
「ありがとう、2人とも。」
アルディオンは、決心して馬を森へと進めたが、少しして3人を振り返った。
「ここまでの道のり、共に来てくれた事を感謝する。私は必ず戻って来る。また王都までの道のりを、よろしく頼む。」
3人は馬から降り、左膝をつきながら右手を胸に当てるエスタリス式の最敬礼をとった。
「はっ!」
3人はアルディオンが森の中まで消えるまでそうしていた。アルディオンが見えなくなった後、カイが顔を上げダンに話しかけた。
「殿下に厳しすぎやしないか。お気持ちをお察ししろよ。」
ダンはカイを一瞥しただけで何も言わなかった。
*
アルディオンは森の中をゆっくりと進んでいた。いたって普通の森である。
(王族しか入れない…って、本当か!?)
疑念はどんどん膨らむ。
(もしかして、本当は精霊の森なんて存在しなくて、ただ森を歩かされてるだけなのでは…。そのまま死ぬ、あるいは何も見つけられないという事で王族の資格を剥奪されるとか…。)
そんな事を考えていると急に乗っていた馬が暴れ出した。
「え!?うわっ!ちょ!うわぁぁ!」
瞬く間に振り落とされるアルディオン。そのまま馬は走り去ってしまった。
「嘘だろ…??」
アルディオンは少しの間、呆然としていたが、立ち上がると仕方なく森の奥へと歩き出した。
(何やってんだろ、自分…。)
好きで王族に生まれた訳ではない。好きで王太子になった訳でもないし、王になりたいとも思わない。それなのに、よく事情も知らされぬまま旅に出され、よく分からない森を彷徨ってる。そして馬も逃げた。
(くそ。私だって逃げたいさ。)
すると、突然目の前がひらけた。
目の前には大きな湖が広がっている。
「ちょうど良い、休むか。」
アルディオンは湖のほとりに近づくと、その水を飲もうと手に取った。水はひんやりと冷たくて気持ち良く、また色は驚くほど透き通っている。
その水を飲もうとした瞬間、ふと何かの気配を感じた。
(何かいる…。しかも複数。)
さっと顔を上げると、湖の中心あたりの空気が、ぼうっと光っている。その光はゆっくりとこちらに向かって来た。
(なんだ??)
その不思議な現象を見つめていると、それは羽の生えた小さな人のようなものの集まりだというのが分かった。
(精霊…なのか??)
彼等は何か歌を歌っているようだ。風の音と水の音が混じり合ったような不思議な音。その歌は不思議とアルディオンの心を落ち着かせた。
「君達はこの森に住む精霊なのか?私はエスタリス国王太子アルディオン。私をギナムの森に連れて行って欲しい!精霊の愛し子に会いたいんだ!」
『イイヨ』『イイヨ』『ギナムの森へ』『我等が住まう永遠の都』
精霊達は歌うように答えた。
精霊達は次第に大きな人形になり、こちらに手を差し伸べた。アルディオンはその手を取ろうと足を踏み出した。
すると、トスンと何やら腰のあたりに衝撃を感じた。
(子ども??)
何やら10歳ぐらいの子どもが自分の腰に抱き付いている。
子どもは、真っ直ぐ精霊達の方を見た。
『ちょっとからかっただけよ』『怒らなくてもいいじゃない』
精霊達は口々にそう言うと、すっと消えて行った。
「な、ちょっと待ってくれ!」
アルディオンは追い縋ろうとしたが、子どもが離さない。
「は、離せ!一体、そなたどこから…。」
そこでハッとなって気付いた。この子どもは一体、どこから来た?
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