第3話 東の大都市 カルナン

 王都を出て5日目。アルディオン達はエスタリス国の東にある大都市カルナンに到着していた。

 先頭を進むダンが振り返った。


「ギナムの森は、カルナンから数日です。この街で1 日休みましょう。野宿ばかりでお疲れでしょう、殿下。」


「そうだな…。すまない。」


 これまでも小さな村や街があったが、アルディオン達は森の中での野宿を選んだ。

 小さな街では、旱魃の影響が大きく出ているし、アルディオンの髪は目立つ。もちろん、彼の顔を知る者がいるはずはないが、無用な危険は避けるべきだというのが、一同の出した結論だった。


 カルナンの街は、東の大都市と言われるだけあり、活気に溢れていた。

 それでも町人によると、いつもより人や物の出入りは減っているとの事だった。


「いやー、この日照りには困ったもんだよ。まだここいらは、マシな方だが、西の連中なんか砂漠が近いせいか、気温がうんと高いんだとよ。農作物もダメになっちまうし、川も干上がるわ、もう人が生きていけなくなるんじゃないかって話だ。」


 つい先日、西から来た旅人を泊めたという宿屋の亭主がそう教えてくれた。


(事態は、刻一刻と深刻化しているな…。)


 与えられた宿部屋で荷を解きながら、アルディオンは、心の中でため息をついた。


(もし私が精霊の愛し子を探し出せなければ、この国はどうなってしまうのだろうか…。いや、そもそも本当に愛し子が存在するかどうか…。私は、なんて無力なんだ。)


 コンコンコン


 ドアがノックされ、カイの声が聞こえた。


「少しよろしいですか?」


「ああ。入ってくれ。」


 カイは柔和な笑みを浮かべて、アルディオンに歩み寄った。


「先程から暗い顔をされていますが、どこかお体の具合でも悪いのですか?」


「いや、そういう訳ではないんだ。ただ…」


 それから先の言葉を続けようとして、アルディオンは躊躇った。


(こんな弱音を吐いて良いのだろうか…。表の舞台に出てはこないとはいえ、陛下が自ら選んだ供に。失望されるのではないか。)


 今までだって、何度も失望されて来た。何をやっても平凡な自分。劣等生となる事はなかったが、王太子に平凡は許されるはずがなかったし、何よりも兄が優秀過ぎた。

 いつしか、アルディオンは他人に心を閉ざすようになった。失望には慣れている。だが、傷付かない訳ではない。


 そうした中で、王から密命を受けた事は、ほんの少しアルディオンの心を照らしたのだった。

 ギナムの森が地図で見つけられないと知るまでの事だが。


 カイは、アルディオンが言葉を続けないのを見ると、こう提案した。


「少し外を歩きませんか?」


 アムは食料の買い出しへ、ダンは王への報告の為に少し街の様子を見て回ると言っていたので、現在アルディオンはカイと2人きりだ。


「そう…だな。私ももう少し街の様子を見たい。」


 アルディオンは、カイと街の大通りを歩いていた。

 昼時という事もあって、外からでも分かるぐらい、どの飯屋にも人がごった返していた。


「以前、来た時はここら辺に美味い飯屋があったんですが…。特に肉料理が絶品でしてね。」


「カイはここに来た事があるのか?」


 アルディオンは驚いてカイに尋ねた。


「ええ。私達の仕事は護衛だけではありませんからね。各地に散って様々な情報収集も行います。」


「そうか。だから、ダンも街の様子を見に行ったのか。」


「はい。ダンは影の中でも古参ですからね。陛下の信頼も厚く、様々な任務をこなしています。」


 前方に人だかりが見えた。どうやら芝居をやっているようだ。アルディオン達は少し立ち寄る事にした。演目は民に一番人気の建国神話だ。


「カイ…。少し聞いても良いか?」


 芝居から目を離し、アルディオンはカイを見上げた。


「何なりと。」


「そなたは、影の一族に生まれて良かったと思うか?」


「そうですねぇ…。はっきり申し上げると、分かりません。」


「分からない??」


 カイは少し悪戯っぽく微笑んだ。


「ええ。私、この通りの外見ですから、モテるんです。一族の皆が影に入る訳ではないのですが、一度影になってしまえば、妻を娶る事ができません。それが残念で残念で。」


「はあ…」


「ですが、この仕事は好きですよ。決して表舞台に出る事が出来ずとも、国を動かす事が出来ます。」


 その表情に先程の悪戯顔は浮かんでいなかった。カイはアルディオンをしっかりと見据えた。


「人は誰しも役割があります。自身が望むか否かは別として。誰もが人生という名の舞台に立つ役者なのです。その舞台に立った瞬間から、その役を演じなくてはなりません。役者によっては稽古が必要でしょう。時には上手く演じられない事もあるかもしれません。それでも、続けて行くのです。舞台が終わるその日まで。」


 カイの目に、また少し茶目っ気が戻った。


「私は女性にモテますし、女性が好きです。影という役を負わなければ、きっと旅芸人の一座に入って、各地の女性と浮名を流していた事でしょう。正直に言うと、そっちの方が向いてたんじゃないかとも思います。実際、影になったばかりの時は、よく先輩方に叱られたものです。」


 最後にカイはアルディオンに優しく微笑んだ。


「殿下は、まだお若い。役者として稽古が必要なだけですよ。なにせ、とても重要や役を背負われているのですから。」


 クルクルと表情が変わる男だとアルディオンは思った。そして、何故だか惹きつけられる。たしかに、彼は役者向きなのかもしれない。

 そして、どうやら自分の悩みもお見通しのようだ。


「稽古か。そんな風に考えた事はなかったな。」


「生まれながらの名君など、存在しませんよ。皆、稽古が必要なのです。だから、今の自分を肯定してあげるのも大切ですよ。なんたって、稽古中なんですから。」


 その瞬間、目の前の人混みから一斉に歓声が湧き上がった。芝居が終わったようだ。人混みが少しずつ解散して行くのを見ながら、アルディオンは自身の心の中も少し光が射してくるのを感じていた。


「そろそろ戻りましょうか。」


「そうだな。ありがとう、カイ。」




時を同じくして、ダンはある男に会っていた。男から手紙を受け取ると、ダンは呟いた。


「そうか。ついに時が来たか。」


「はい。陛下からは早く<始末>するようにとの事です。」


ダンはアルディオンの顔を思い浮かべた。この国を背負って立つには気弱で自信なさげな表情。いつかは名君と呼ばれる日が来るのかもしれないが…。


(かわいそうなお人だ…)


一言、心の中で呟くとダンは顔を上げた。その表情には一片の憂いも含まれていなかった。

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