第2話 旅の仲間

夜明けの城壁には、三人の男の姿があった。1人は、30代半ばでがっしりとした体格の精悍な顔をした男。

2人目は20代半ばで髪を1つに縛っている。兵士というよりかは、どこぞの貴公子のような甘いルックスである。

3人目はおそらく10代後半で一番自分と歳が近い。そばかすが散った顔には、まだ幼さが残る。

男たちは皆旅装束で、腰に刀と背に矢を背負っている。それぞれダン、カイ、アムと名乗った。


アルディオンはダンに尋ねた。


「そなた達は一体どこの隊だ?見ない顔ぶれだ。近衛ではないな?」


「はい、私達は"影"でございます。」


「"影"?」


「はい。陛下直属の機関でございます。表向きには存在を知られておりません。私達は常に陛下の御身をお守りし、また陛下のご命令を必ず遂行する事を使命としております。どのような事であっても。」


最後の言葉を発した時、ダンの黒い瞳に一瞬強い光が宿った気がして、アルディオンは息を呑んだ。どの時代、どの王国でも、こうした機関は存在するのだろう。決して表には出ず、裏で汚れ仕事を引き受ける存在…。


「…よろしく頼む。」


「はい。お任せください。あちらに、馬をご用意してあります。参りましょう。」


こうして、アルディオンは3人のの"影"と共に、伝説の"精霊の愛し子"に会いに、東のギナムの森へと旅立った。


その様子を、カルディアン王は自室から眺めていた。


「これで掃除がしやすくなるな。」


ポツリと呟いた言葉は、まだ暗い世界に吸い込まれていった。



一日かけて王都ジリアステクトを抜け、東へと馬を駆けていく。

今晩は、王都に近い森の中で、野営する事になった。

貴公子風のカイが獲物を取りに出かけ、年少のアムは火を起こす為の木々を集めに出た。その為、アルディオンは木陰に座り、ダンと2人で彼等を待っている。アルディオンは隣に立つダンを見上げた。

彼は無口な方らしく、これまでの道のりでも、カイとアムとは会話を交わしたが、ダンとは最初に会った時ぐらいしか言葉を交わしていなかった。どことなく、父王と同じ雰囲気を感じる。


「そなた達は、どこまでこの任務の事を知っているのだ?」


「あなたをギナムの森まで無事にお連れするよう仰せつかっています。」


「だが、そなたも知っているだろう?ギナムの森など存在しない。」


そう。ギナムの森など存在しないのだ。王に言われた後、アルディオンは地図で位置を確認しようとした。何故なら、聞いたことのない名だったからだ。しかし、どの地図を見ても、そんな名前の森は見当たらなかった。

そこで、アルディオンは悟ったのだ。自分は厄介払いされたのだと。トリミア皇国の王族の血を引く自分を、表立って廃太子にする事は出来ない。だから、理由を付けて追い出した後、廃太子の準備を進めるのだろう。


「ギナムの森は存在します。」


そんなアルディオンの気を知ってか知らずか、ダンは強く肯定した。


「ただし、そこにたどり着けるのはあなた様だけにございます。我等は、あくまで近くまでお連れするのみ。それが古よりの誓約です。」


「…待て!そなたも、古の誓約を知っているのか!?それは一体…。」


ガサガサガサ


アルディオンの言葉を遮るかのように草をかき分ける音がし、ウサギを仕留めたカイと木々を手にしたアムが現れた。


「お待たせしました、殿下。」


カイはアルディオンに微笑むと、すぐにウサギの皮を剥ぎ始め、その隣でアムが食事の準備をし始める。


「ダン…」


もう一度、アルディオンはダンに問い正そうとしたが、ダンは首を横に振っただけで何も答えなかった。


その日の夜は、ウサギの肉と木の実を使ったスープだった。肉は臭みがなくトロトロでスープは数種類の木の実の味がバランス良く混ざり合い、それでいてコクもある。

これまで食べた料理の中でも群を抜いて美味しかったので、アルディオンは目を丸くした。


「これは…。驚くほど美味いな。」


「そうでしょう?アムは影の中で一番の料理人なんです。」


カイが自分の事のように嬉しそうに答えた。アムは、その隣で照れたように微笑んだ。


「この腕なら、宮廷料理人にも負けないぞ。もし、そなたが望むなら私が推薦する。」


アルディオンがアムに話しかけると、アムは少しだけ寂しそうな表情を浮かべた。


「お気持ちは嬉しく思いますが、俺は代々"影"となる一族に生まれました。この一族に生まれた以上、他の生き方は出来ません。」


「そう…なのか。何も知らず、すまない事を言った。」


「いいえ!とんでもありません!俺は、今とても嬉しいですよ。普通の家に生まれていたら、殿下に俺の料理を食べて頂く事なんてありません。それに、お褒めの言葉を頂けるなんて、これ以上の幸せはないですよ。」


「そうか…。」


アムは話題を変えるように、アルディオンに尋ねた。


「実は、このスープには隠し味が入ってるんです。何なのか分かりますか?」


「いや、分からない。私も気になっていたんだ。野戦料理は、私も兄上達と狩りに出掛けた時に作ったりしたが、このような味にはならなかった。」


「実は、これを入れたんです。」


アムは腰に下げた筒の蓋を開けてアルディオンに見せた。中には何やら数種類の木の実と茶色い物体が入っている。


「これは、チャムという豆を発酵させ て潰したものと、乾燥させた木の実を混ぜたもので、保存も聞くんです。それぞれの割合は俺が考えました。」


「面白いな。この旅が終わったら、私にも作り方を教えてくれないか?」


「もちろんですとも。」


アムは、まだ幼さの残る顔で破顔した。それをまるで実の兄のように、カイが見守っている。ダンは相変わらず無口ではあったが、それでもアムの料理を好ましく思っているのは、アルディオンにも感じられた。

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