第3話  バイトで運命の出会い

 俺が面接を受けるのは近所のバーベキューランドだ。繁忙期なので短期バイトを募集している。今回の一人暮らしにとって都合がいいのと、こういうところでバイトをすると恋愛力が上がる気がする。それに日に焼けそうだ。2学期には黒い肌で注目を集めたい。


「失礼します。面接を受けさせていただく分皿わけざらなんですが」


 時間になったら事務所に来てくれと言われていたので、扉をノックし大きな声で挨拶をする。ネットで見たけど、こういう面接はだいたい第一声が大きければ受かるらしい。


「あー、バイトね。ふむふむ。重い荷物は持てそう? ちょっと頼りないけどやってるうちに慣れるでしょ。いいよ。採用」

「え? 本当ですか?」


 サングラスをかけた大柄の男性は俺を少し見るなりあっさりと採用を許してくれた。あまりに簡単すぎるんですけど、もしかして人手が足りなすぎる超ブラックバイトなんじゃ……。


「今日から働けるって言ってたよね? おーい、海鈴みすずさん。この子に仕事教えてあげて」


 ん? 海鈴? もしかしてここには……。


「はーい。オーナー。って、分皿くん? 新しいバイトって分皿くんなの?」


 髪をポニーテールにしてスタッフ用のサンバイザーを被った海鈴さんが現れた。おそらく夏用と思われるユニフォームからは健康的な四肢が現れた露わになっている。学校で見るスカートもいいけど、パンツスタイルだからこそ見える太ももが眩しい。


「ちょっと事情があってね。まさか海鈴さんと同じバイトなんて思ってなかったよ」

「嬉しいなー。高校生は私だけだから心細かったの。これからよろしくね」

 

 自然な流れで僕の手を取り握手の状態になる。実はもしかして俺のことを……いや、そんなのラブコメの世界だけだ。あまり接点のない俺を海鈴さんが好きになるはずがない。落ち着け俺。勝手に恋心を抱いて、彼氏と手を繋いでるところでも目撃してみろ。俺はきっとショック死して志桜里しおりさんみたいになる。


「分皿くんがこういう場所でバイトするなんて意外だな~」

「俺はどういうバイトすると思ってたの?」

「う~ん、ネカフェとか?」


 あー、たしかに。ネカフェで死んだ目をしながら受け付けする姿を容易に想像できた。


「って、あんまりお喋りしてるとチーフに怒られる。私達は調理には関わらないから配膳はいぜんがメインの仕事だよ。事前に予約が入っている食材を運んで、あとは追加注文分を持っていく感じ。配置とかはやりながら教えるね」

「は、はい! お願いします」


 同級生だけどバイトの先輩である以上、つい敬語になってしまう。こんなに可愛くてテキパキ仕事をこなす海鈴さん、絶対彼氏いるよ。なんならこのバイト先にいる大学生と付き合ってるよ。よーし! 変な期待はしないで生活費を稼ぐぞー!


***


「ひぃーーー疲れた!」

「バイト初日お疲れ様」


 海鈴さんが差し出してくれたドリンクを一気に飲み干すと、糖分が体中をめぐって疲れが取れる感覚がした。


「すごいね海鈴さん。あんなに大荷物を軽々と運んで」

「私も最初のうちはすっごい時間かかったよ。でも、ああいうのは力じゃなくて技で持つんだよ。なんか楽に持てるポイントがあるから、そこを掴むの」

「なるほど。バイト期間が終わるまでにその域に達せればいいんだけど」


 俺がここでバイトするのは一人暮らしをする間だけ。それまでの間に海鈴さんにカッコイイところを……って、違う! なんかこう成長して2学期デビューするんだ。海鈴さんには彼氏がいるはずなんだから。


「どうしたの? 恐い顔して」

「なんでもないよ。ちょっと疲れただけ。今日はすぐに寝ちゃいそうだ」

「初バイトって緊張するし疲れるよね。それじゃあ分皿くん、また明日」

「うん。お疲れ様」


 学校ではほとんど話せないのにバイト先ではすごく自然に会話できた。同じ仕事をするってすごいことなんだな。まあ、海鈴さんには彼氏がいるから恋愛面については辛い感じだけど。

 夕飯はコンビニで弁当とサラダを買おう。母さん、一応バランスは考えてます。


「ただいまー」


 疲れていて実家暮らしのクセが抜けないのか、それとも幽霊が待ってるからなのか、自然とこんな声を出してしまった。


「おかえりなさい。あ・な・た」

「だからそれはやめてくださいって」

「なによー。初バイトで疲れてる九曜くんを癒してあげようと思ったのに」


 志桜里さんはほっぺを膨らませてぷんすか怒っている。不覚にもそんな姿を可愛いと思ってしまった。


「疲れたから飯食ってシャワー浴びて寝ます。明日もバイトなんです」

「えー! もっと構ってよー! せっかく女子大生のお姉さんが同居してるんだよー! ねえってばー!」


 子供みたいにバタバタち駄々をこねる志桜里さん。しかも宙に浮いているので部屋全体にその存在を示すような形になり鬱陶うっとうしい。


「わかりましたから。食べながらで良ければ話し相手になりますから」

「さっすが九曜くん。私が見込んだ男だわ」

「むしろ僕の方からこの部屋に来たんですけどね。志桜里さんはただ待ってただけ……」

「ひどいなー。こうやって運命を相手を待ち続けるなんて素敵な女だと思わない?」

「まだ知り合って間もないから何とも言えません」


 機嫌を損ねたらポルターガイストをしてきたり、それこそ呪い殺される可能性も考えたけど、志桜里さんに限ってはそんなことはなさそうだ。

 ちょっと鬱陶しいけど……いや、実は寂しさがかなり紛れている。そんなことは本人には絶対に言えないけど。一人暮らしだと思って始まった地縛霊との同居生活、一日目は無事に幕を閉じた。

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