第2話 二人暮らしになるんですか!?

「ふーん。ひと夏の思い出が欲しくて一人暮らしを始めたんだ? 高校生にしては気合が入ってるわね」

「は、はぁ。それほどでも」


 荷ほどきも済んでいない六畳間で、僕は女性の幽霊を前に正座をして世間話をしている。


「もし彼女を連れてくるなら言ってね。私、このアパートのどの部屋にも行けるタイプの地縛霊だから」

「ああ、志桜里しおりさんはやっぱり地縛霊なんですね」


 事故物件にりつくこの幽霊の名前は志桜里さん。苗字はもう忘れてしまったらしい。元々体が弱く大学を休みがちで、それでも当時の彼氏さんが学内の様子をいろいろ教えてくれて退屈はしなかったそうだ。

 毎年春になるとキャンパスには綺麗な桜が咲き誇り、それを一緒に見に行く約束をしていたらしい。約束の日、たまたま体調の良かった志桜里さんはサプライズで一足早く大学に行くと、彼氏の浮気現場を目撃してしまった。

 そのショックで自ら命を絶ち、知らぬ間にこのアパートの地縛霊になってしまったらしい。


「いやー、自分でもビックリよ。この世に未練なんてないと思ってたのに」

「ずいぶん明るく話してくれましたけど、実はものすごく根に持ってるじゃないですか?」

「あはは! ないない。このアパートだってさっさと取り壊してくれたら私も解放されるかもしれないのに」

「え?」


 ものすごくあっけらかんとしている志桜里さんの話が本当なら、事故物件サイトに書き込まれていた情報がデマということになる。元から100%信頼できるものではないけど。


「でも、それなら大家さんが訪ねてきた時にでも相談すればよかったじゃないですか。他の幽霊はわかりませんけど、これだけハッキリと喋れるんですから」

「実はね、こうしてちゃんと会話が成立したのキミが初めてなんだ」

「……と、言うと?」

「だからそのままの意味。もう何十年も地縛霊をやってるけど、意思疎通できたのは九曜くようくんが初めて。大家さんとか私が姿を見せると一目散に逃げだすし、霊媒師も私が居ない部屋で何かやって満足して帰っていくし」


 結構重大な事実をサラッと語り出すのでいまいち現実味がないけど、それなら事故物件サイトの書き込みや大家さんの対応と一致する。つまり、志桜里さんは何に未練を抱いているのか自分でもわからないし、アパートも取り壊してもらって構わない。だけど、その意思がちゃんと周りに伝わってなくて話が大きくなっている。


「なんで僕は志桜里さんと会話できるんでしょうね」

「さあ? なんか目が死んでるから?」


 幽霊に目が死んでると言われるのはショックが大きい。それも仕方ない。高校2年生の夏休みに事故物件で人生を変えようとか考えるやつの目がキラキラしてるとは思えない。ふつう、部活や勉強に精を出して2学期デビューを狙うとこだろう。


「まあ、ほら、こうして出会えたのも何かの縁だし。大学生のお姉さんと同居してたなんて学校で自慢できるんじゃない?」

「それ、自分で言いますか?」


 しかも相手は幽霊だし。クラスでそんなことを言ったらカーストの最下層になりそうだ。


「ひとまず志桜里さんが悪い幽霊じゃないみたいでよかったです。一か月間よろしくお願いします」

「こちらこそ、一か月と言わずいつまでもよろしくね」


***


「志桜里さんは食費かかりませんよね? あと服も。今着てるワンピースで過ごす感じですか?」

「そうよ。お腹は空かないし、餓死なんて概念もないみたい。もう死んでるしね。服もあの時のワンピースなんだけど脱げないし、別に汚れもしないから困らないわ」

「よかった……二人分の生活費を稼がないといけないのかと……」

「高校生が二人分の食費を稼ぐのは辛いわよね。で、どんなバイトをしてるの?」

「いや、これから探すんですけど」


 部活もしてなければバイトもしてない。放課後はソーシャルゲームの日課をこなす毎日だ。……そりゃ青春なんて1ページもないよ。


「えぇ……じゃあお給料が入るのは来月じゃない」

「そうなんです。だから小遣いを前借りして、バイト代で返済するんです」

「借金から始まる一人暮らし……悲し過ぎるわ。お姉さんがなぐさめてあげる」

「え?」


 これって高校生ではまだ購入することができない商品によくある展開なのでは!? 俺は健全な高校生だからよくわからないけども!


「あれ?」


 志桜里さんが俺の頭を触ろうとするも、その右手は俺の顔をスーッと通り抜けてしまった。


「やっぱり触るのは無理みたい。ごめんね、男子高校生の性欲を持て余させちゃって」

「……平気です。俺にはまだ早かったんです」


 正直かなり期待してたけど、相手が幽霊じゃ仕方ない。でも、この欲求をどこにぶつけようか。志桜里さんが見てる前じゃどうすることもできない。せっかくの一人暮らしなのに!


「あ、私のことは気にしないで。享年22歳。そういう経験はあるから」

「俺が気にするんです! あと、股間を見て察するのやめてください!」

「彼氏も最初はキミみたいに純朴じゅんぼくだったんだけどな~。はぁ」


 どうやら俺の股間で彼氏のことを思い出したらしい。決して元カレとは言わないあたりに彼氏への未練を感じる。でも、本人が否定するなら言及はしないでおこう。俺にどうにかできる問題ではないし。


「ヤベッ! 面接の時間だ」

「バイトの? 頑張ってね。あ・な・た」

「付き合ってもないのにどうしれいきなり結婚してるんですか!」

「こういう趣味があるかな~って思っただけ」

「な……くはないですけど。面接前に変なこと言わないでください。いってきます」

「いってらっしゃ~い」


 部屋に憑りついた幽霊とワンチャンなんて考えたけど、いざそういう展開になると恋愛感情は湧いてこないし、幽霊をすんなり受け入れられる自分に驚いた。


「そもそもこれって一人暮らしって言えるのかな」


 生活費は一切掛からないけど部屋に帰れば女子大生の地縛霊がいる。すでに大事件が起きたせいで、ここから先は何もないかもしれないけど、今までの夏休みで一番期待が膨らんでいた。

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