事故物件で始める一人暮らし

くにすらのに

第1話 幽霊とワンチャン!?

「家賃1000円!? マジかよ!?」

 

 高校2年の夏休み。来年は受験勉強漬けになるから実質最後の夏休みだ。

 そんな大切な夏休みを分皿わけざら 九曜くようはクーラーの効いた部屋でスマホを見ながら過ごしていた。

 

モテたい一心で入ったバスケ部は1か月で退部。成績も中の下。顔もパッとしない自覚がある。

ごくたまに話をする女子は、同じ中学にも通っていた海鈴みすずさんくらい。その海鈴さんには彼氏がいるという噂だ。そりゃあんなに可愛ければ彼氏くらいいるよな。

 アニメみたいなハーレムなんて贅沢は言わない。せめて青春の1ページに刻めるような思い出を作るには、夏休みの間だけでも都合よく一人暮らしを始めるしかない!


 そこで発見したのが事故物件サイトで見つけた家賃1000円のアパートだ。家から歩いて行ける距離にこんな怪しい物件があるなんて知らなかった。

 事の発端は一人の女性が自殺したことらしい。それ以来、6つある全ての部屋で不可解な現象が起きて全員退居。その後も入れ代わり立ち代わり入居者が来るものの、3か月以内には出ていくとか。


 取り壊すのも不気味で、ひとまず賃貸を辞めると女性のうめき声が毎夜聞こえてきたらしい。試しに月1000円という超破格の怪しい金額で貸出を始めるとひとまず声はおさまったそうだ。

 

「女の人の霊かー。悪霊だと思わせて、あの漫画みたいに実は美少女の霊かもしれない」


 彼女が欲し過ぎて思考力が低下し、反動で妄想力が上がっていた俺は都合のいい想像をして夢を膨らませていく。


「保証人が不要と言っても家を出ていくんだから父さん達にも相談しないとな」


 イスから立ち上がりリビングに向かう。わりと放任主義の親だけどうまくいくかな…。


***


「おう。いいぞ。夏休みの間だけなんだろ?」

「いい経験になりそうじゃない。何かあってもすぐに帰って来れるし」


 両親は怖いくらいにすんなり同意してくれた。


「マジで!? 一人息子が事故物件で一人暮らしするんだよ!?」


 自分で許可をもらいにいっておいて、自分で再確認してしまう。


「家賃は自分で払うんだろう? あと、光熱費とか食費も」

「三食自炊しろとは言わないけど、栄養のバランスはちゃんと考えてね?」


 完全に一人暮らしの始めたあとの心配をされてる。あー、でもそうか。食費とかどうしよう。


「ご飯だけ家で食べる?」

「……食べる時は事前にご連絡を差し上げます」


 どうしようもなくなったらすぐに実家に戻ってくる。きっとその程度の話だと思われてるんだろう。自分でもそう思う。部活も長続きしない俺が、生活費を稼ぐためのバイトを続けられるとは思えない。


「困ったことがあればすぐに帰ってきなさい。でも、もし頑張る理由があるなら、一か月最後までやりきってみるんだ」

「……うん」


 軽いノリで決まった一人暮らしだけど、両親は俺を心配してくれてるし、チャンスを与えてくれた。絶対に一皮むけて帰ってくるからな!


「そういえば家電はどうするんだ? 一か月の一人暮らしで買うっていうのはな~」

「備え付けのがあるみたいなんだ。電気、ガス、水道もすぐに使えるらしいし、なぜかWi-Fiも入るんだって」

「……いや、本当にその物件大丈夫か? 事故物件くらいの話なら嘘か本当かわからないから反対しなかったけど、その条件は……」


 父さんが反対するならこの辺りの条件だと考えてあえて自分からは触れなかった。一度は許可を得てるんだから、あと一押しすれば丸め込めるはず。


「最近はバーベキューでも全部用意してくれるプランがあるくらいだし、一泊だけするマンションもある時代だよ? 世の中には破格の物件もあるって」

「むぅ……そうか?」

「いいじゃないの。九曜がこんなに積極的なんて久しぶりなんだから」


 さすが母さん、息子の気持ちをよくわかってくれている!


「と、言う訳で一か月間、一人暮らしを頑張ってみます」


 早速荷物をまとめて、サイトに載っていた大家さんに連絡するとすぐさま契約という運びになった。


***


「本当にいいんですね? 何があっても責任は負いませんよ」

 

70代くらいの感じの良いおじいさんが何度も心配の声を掛けてくれる。そんなに心配ならサイトとかに情報に載せなければいいのに。入居者募集の看板まで立ってるし。


「実家がすぐそこなので大丈夫です。それより、本当に1000円でいいんですか? 光熱費込みって絶対赤字なんじゃ……」

「いいんです。家賃収入がほしいというより、寂しさを紛らわしてあげたいだけですから」

「……? 他に誰か入居されてるんですか?」

「いいえ。でも、部屋に入ればわかると思います。1000円は確かに受け取りました。一度逃げ出しても、8月末までは分皿さんのお部屋ですから、どうぞご自由に使ってください」

「ありがとうございます。お世話になります」


 大家さんはそう言って立ち去っていった。もしかして部屋に女の霊が出るという噂は本当なのか? それなら好都合。たとえ幽霊でも女性とひと夏を過ごすのには違いない。クラスの誰も経験してない同棲生活を体験できるなんて良い思い出になりそうだ。


 期待と不安が入り混じる中、このアパートの中でも特に評判が悪い203号室の扉を開けた。自分の部屋になったはずなのに、その一歩目は「おじゃまします」と言いたくなる。

 大家さんに脅されたけど、部屋の中には当然誰も居ない。もしかしたら事故物件なりのジョークだったのかな。


 恐る恐る中へと入っていくと、六畳間に一人の女性が立っていた。

 年齢は俺より少し上くらいかな。大学生くらいの落ち着きと大人っぽさを感じる。腰まで垂れる黒髪は美しいが、どこか儚げな雰囲気もあった。


「私を見て声を上げなかったの、キミが初めてかも」


 彼女はこんなことを言っていた気がする。ただ、僕は彼女に見惚れて声を出すことができなかった。

 足は漫画に出てくるオバケみたいな人魂状だし、体全体がうすーく半透明になっているのだから。

 このアパートに女の霊が出るという噂はどうやら本当のようだ。

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