第3話カァ吉の悩み

カラスのカァ吉は、いつも悩んでいました。

それは人間たちが、よってたかって自分たちカラスを嫌うからです。


カァ吉は、人間たちと仲良くなりたいって思っていたんです。

 ところが、人間たちはカラスを見ると逃げ出したり、怒鳴ったり・・・

「僕たちは何もしてないのに・・・」

カァ吉はいつもそう思いながら、人間たちから離れて行きました。


ある日、カァ吉はゴミ収集場所を荒らしている野良猫に出会いました。キレイに並べられたゴミは、野良猫のせいでグチャグチャです。


(よしっ!今日は、人間たちに褒めてもらおう!)


カァ吉は、野良猫に声を掛けました。

「ねぇ、ねぇ、ここはグチャグチャにしたらいけないんだよ。人間たちがキレイに並べてるんだから、そんな事したらダメだよ。」


けれども野良猫は、知らん顔。人間の食べ残したものを一生懸命食べています。

カァ吉は、もう少し野良猫に近付いて言いました。

「ねぇ、聞いてるの?やめた方がいいよ。人間たちに怒られちゃうよ。」


すると、野良猫は面倒くさそうにカァ吉に言いました。

「うるさいなぁ・・・人間たちに怒られたからってどうだってのさ!どうせ捨てたものだろ?俺たちが食べたからって文句言われる筋合いないよ!まだ食べられるのに、さっさと捨てちまう人間がいけないんだよ!お前も食べたらどうだ?」

野良猫は、ゴミの中から好みの魚を食べながらカァ吉を誘ってきました。


実は、カァ吉もお腹がペコペコだったんです。野良猫に誘われてちょっとだけ野良猫に・・・いや、ゴミ収集場所に近付いていきました。

目の前には、美味しそうな食べ物がたくさんありました。

カァ吉が、食べ物を突っつこうとすると・・・


突然野良猫はサァーッと走って行ってしまったんです。

カァ吉は、どうしたんだろう?と思いながらもその場に残っていると・・・


「コラァーーー!カラスめっ!こんなにゴミを荒らしやがって!」


突然、人間がほうきを持って走って来ました。

ビックリしたのは、カァ吉です。グチャグチャにしたのはカァ吉ではなく野良猫なのに、人間はカァ吉の仕業だと怒鳴っているのです。


「僕じゃないよ!野良猫が・・・」


カァ吉が説明しようとしても人間に言葉が通じるはずもありません。結局、ゴミをグチャグチャにしたのはカァ吉のせいにされてしまいました。

カァ吉は、食べ物も食べられず空へと逃げました。


しばらくして、人間が居なくなったのを見計らってさっきの野良猫がやって来ました。

木の枝に止まっているカァ吉を見上げると、

「バカだなぁ・・・」

と、ひとこと言うとまた食べ始めたのです。


カァ吉は、その場から離れました。いつだってそうなんです。野良猫はとてもずる賢く、悪さをしても結局怒られずに好き勝手。たいていは野良猫に誘われたカラスたちが人間に怒られるのです。


分かっているのに、いつも騙されてしまうカァ吉は

「どうして人間は本当の事に気付かないんだろう?」

と悩むのでした。


ある日、カァ吉が空を飛んでいると川の岸で遊んでいる子供を見つけました。

いつもならそのまま通り過ぎてしまうカァ吉でしたが、この日は何故かその子供がとても気になったので、降りてみる事にしました。


カァ吉に気が付いた子供は、ニコニコしてカァ吉に近付いてきます。カァ吉も人間の子供が自分を怖がらない事が嬉しくて近付いていきました。ところが・・・


カァ吉の側に来ようとした子供は足を滑らせ川に落ちてしまったんです!

慌てたカァ吉は助けられるはずもないのに、その子供の頭の上をバタバタと飛びました。

「僕の足に捕まって!」

カァ吉は必死で叫びましたが、人間の子供にはただの鳴き声にしか聞こえません。


そして何より大泣きしているので、どうすることも出来ませんでした。

それでもカァ吉は必死に人間の子供の頭の上を飛びながら

「捕まって!」

と叫んでいました。


その様子を見つけた子供の父親が慌てて走って来ました。

「コラッ!カラス!うちの子に何しやがる!」

子供の父親はものすごい剣幕で、カァ吉を追い払います。そして子供を川から助け出すと、側にあった石をカァ吉目掛けて投げつけました。


石はカァ吉の羽に当たり、バランスを崩してしまったカァ吉はそのまま川に落ちてしまいました。

「助けて!」

カァ吉は泳ぐのが得意ではありませんでした。と言うより、まったく泳げませんでした。川の中でバタバタ羽を羽ばたかせているカァ吉を見ても、人間は助けてくれませんでした。


それどころか、

「子供にイタズラしたバツだ!」

と言い残し、その場から離れて行ってしまったのです。川の流れは、カァ吉にとってはとても速く、あっと言う間に川下へと流されてしまいました。


しばらく羽をバタバタさせていたカァ吉も、石をぶつけられた方の羽の痛さで気が遠くなってしまい、動かせなくなっていました。

川の流れにまかせてカァ吉はどんどん川下に流されていきました。もう頭すら水の上に出せません。意識がボーっとしている中で、カァ吉は思いました。


(どうして僕たちはいつも人間に嫌われてしまうんだろう?僕たちが何をしたって言うんだろう?僕はあの子を助けたかっただけなのに・・・どうして人間は分かってくれないんだろう?僕たちカラスと人間は仲良くなれないのかなぁ?・・・もうどうでもいいや・・・なんだか僕、疲れちゃったよ・・・)


カァ吉はそのまま意識がなくなってしまいました。


やがて、川下にたどり着く少し前の川岸に乗り上げたカァ吉。やっと水から上がれたと言うのに動けません。側を通る人間たちもカァ吉には気付きません。


しばらくすると、カァ吉に誰かが話しかけました。カァ吉はゆっくりと目を開けました。

側に居るのは、人間でした。


「あなたは優しいカラスです。でもカラスの中にはあなたのような優しい性格のカラスと、人間を嫌いイタズラや悪さをするカラスも居ます。あなたのような優しいカラスの方が少ないので、人間たちはあなたにも冷たかったのでしょう。人間から見たら、あなたも他のカラスも同じに見えてしまうのですから・・・」


その人は、とても優しく語り掛けてくれました。カァ吉の今までの事を全部知っているようでした。そして、話を続けました。

「あなたに逢いたいと言っている人が居ます。私と一緒に来てください。きっとあなたの優しさを分かってくれる人ですよ。」


(僕の優しさを分かってくれる人間?そんな人間が居るのかなぁ?)


カァ吉は思いましたが、今はとにかく動けないのでその人の言うとおりにすることにしました。その人はカァ吉を優しく抱き上げると、フワッと空へ向かって飛び立ちました。


(えっ?この人間、空を飛べるの?人間の中にも空を飛べる人が居たんだ。僕、知らなかったよ・・・)


カァ吉は、その人の腕のぬくもりがとてもあったかかったので、そのまま眠ってしまいました。初めて人間に優しくされた嬉しさと心地良さがカァ吉を包み込みました。


しばらくすると、カァ吉を抱き上げた人間が、声を掛けました。

「カァ吉。起きてください。着きましたよ。」

カァ吉は、そっと目を開けました。目の前には真っ白な雲のじゅうたんが広がっています。

「ここは何処?」

カァ吉は尋ねました。


「ここは、あなたに逢いたいと言っている人が居る場所ですよ。今、来ますからね。」

優しい人間は、そう言うとカァ吉を雲の上に降ろしました。フワフワしてとても気持ちいいベッドのような雲でした。


カァ吉は、ジッとしていました。そして、目の前にとても大きな人間が現れ驚いて逃げようとしました。

「逃げなくてもいいんだよ、カァ吉。」

大きな人間は、カァ吉を知っているようでした。


そして、

「カァ吉・・・お前はとても優しい性格だった。カラスにしておくにはちょっと優しすぎたのかもしれん。すまなかったな。」

と言いました。


(どうして、この人は僕を知ってるんだろう?どうして僕に謝るんだろう?)


カァ吉にはまったく分かりませんでしたが、その大きな人間の話を黙って聞いていました。

「カァ吉・・・こんなに早く死んでしまうことになって申し訳なかったな。あの時、人間がお前の言葉を理解していてくれたらこんな事にはならなかったのに・・・」

大きな人間の言葉に、カァ吉は驚きました。


(こんなに早く死んでしまうことになって?僕はこうやって生きてるのに何を言ってるんだろう?)


大きな人間は、カァ吉が死んでしまったと言うのです。カァ吉は何がなんだかサッパリ分かりませんでした。

「あ・・・あのぉ・・・僕の言葉が分かりますか?」

カァ吉は恐る恐る大きな人間に尋ねました。大きな人間はニッコリ笑って頷きました。


カァ吉は安心して、

「良かった。どうして人間なのに僕の言ってる言葉が分かるんですか?僕が死んだってどういうことですか?」

と尋ねました。


大きな人間は答えました。

「私はすべての命を預かる神じゃ。お前をカラスにしたのも私じゃ。誕生させる事から死んでしまったものをここに戻し、また誕生させるのが私の仕事じゃ。お前はカラスとして生き、そして死んでしまった。だから今お前はここに戻ってきたんじゃ。下を見てごらん。川岸にはお前の抜け殻だけがそのままじゃ。下の世界ではそれを『死』と言うんじゃよ。」


(神様?この人間は何を言ってるんだ?)


カァ吉は、何がなんだか分からないまま下を覗きました。そこはカァ吉が打ち上げられた川岸。確かに、カラスが一羽横たわっています。そしてそれが自分だと言う事はすぐに分かりました。

「ぼ・・・僕・・・死んじゃったの?ここは天国なの?」

カァ吉は昔お母さんに世界には『天国』と『地獄』とその間にある『地上』の三つがあると教えてもらっていたのを思い出しました。死んでしまうと『空の上の天国』か『地面の下の地獄』に行くことになるとも教えてもらっていたのです。つまり今カァ吉は空を飛んで雲の上に居るわけだから天国と言うわけなのです。


そうは言っても、まだ信じられないカァ吉。そりゃそうです。だって、ちゃんと動けるし話も出来るのに、『あなたは死にました』って言われただけじゃ、本当に死んでしまったかどうかなんて分かるわけないのですから。


カァ吉の、わけが分からないといった様子を見て大きな人間・・・(おっと、この人は『神様』でしたね)は、

「今度は、ちゃんとお前の性格にあったものの命として生まれ変わらせなければいけないな。どうだ?カァ吉は何かなりたいものはあるか?」

と尋ねてきました。


そう言われても、突然ではカァ吉も思いつきません。野良猫のようにずる賢く生きる事もイヤだし、もう一度カラスになって人間に誤解されるのもイヤ・・・かと言って人間になるのもちょっと・・・と言う感じなのです。

カァ吉はしばらく時間をもらいました。神様も待つと言ってくれました。


何日も何日もカァ吉は悩みました。生きている時には、人間と仲良くなりたくて悩んでいたカァ吉。ずる賢い野良猫に騙されて悩んでいたカァ吉。

ふと、カァ吉はお母さんが大好きだったものを思い出しました。

実はカァ吉のお母さんはもう既に死んでしまっているのです。でも死ぬ前にカァ吉に教えてくれた事がありました。それは死んでしまってからの事。


カァ吉のお母さんは、自分が死んでしまったら、これに生まれ変わりたい・・・と言っていたものがあるのです。カァ吉は、お母さんと同じものに生まれ変わる事に決めました。

そして、神様の所に行きました。

「神様!僕、決めました!」

カァ吉の顔はとても輝いていました。何の迷いもなく、キラキラと輝いていました。


「そうか・・・何になりたいんじゃ?」

神様に聞かれ、元気良く答えたカァ吉。神様も許してくれました。


 それから、何年か経ったある日。

カァ吉は、元気に地上で生きていました。いつも笑いが溢れた場所で、元気に生きていました。夏には、空にぐんぐん背を伸ばして・・・


お母さんが生まれ変わりたかったと言っていた堂々とした花・・・

カァ吉の隣りにはたくさんの仲間たちも居ました。みんな堂々としています。太陽のような花にカァ吉は生まれ変わったのです。


「ママぁ~♪これ、なんて言うのぉ~?」

「ん?これはね・・・ひまわりって言うのよ。キレイねぇ~♪」


「ひまわりさん、ちょっと密をちょうだいね♪」


「ひまわりさん、根元の日陰で休ませてね。」


カァ吉は、みんなに優しさを振りまいていました。

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