第2話チョコとホワイト

 僕の家の近所にある動物病院の前に 2匹の子犬が居る。

僕が勝手にこの子たちに『チョコ』と『ホワイト』と名づけて

毎日、様子を見に行っていた。

チョコとホワイトは 何処かの家で産まれたらしいんだけど

飼い主さんが 飼えないって言って動物病院で里親をさがしてほしいと頼んで来たらしい。

僕は、あの2匹と一緒に暮らしたいって思って

お母さんにお願いしてみた。


でも、お母さんは

「ウチは動物禁止なのよ。マンションの管理人さんに見付かったら困るでしょ?」

って言ってた。


どうしてウチはマンションなんだよ!


だから、僕はいつも動物病院の前を通るたびに チョコとホワイトに逢いに行ってたんだ。


2匹と知り合ってから1週間が過ぎた頃・・・

僕はいつものように 学校の帰りにちょっと寄り道で動物病院に向かった。今日は 2匹の写真を撮ろうと思って携帯電話を持って来たんだ♪


でも・・・

動物病院の入口を見て愕然とした・・・

ホワイトが居ない!

僕は動物病院の中も覗いた。もしかしたら、中に居るかもしれないって思ったから。


でも居なかった。


入口の前に置いてあるゲージの中には チョコしか居なかったんだ。

チョコは 寂しそうに僕を見た・・・

そりゃそうだ。だって、きっとホワイトは里親が見付かったって事だもん。

チョコの里親になってくれる人は まだ現れないって事だもんな。

きっと一緒に産まれたんだろうに チョコだけ置いて行かれちゃったんだ。


僕は悲しくて悲しくて その日はチョコをちゃんと見て上げられないまま

家に帰って来た。

そして、もう一度お母さんに聞いてみた。

「チョコ飼っちゃダメ?」

お母さんは、

「あら?いいわよ。どうしたの?急に・・・」

と 意外な返事が返って来た。

「ホント!?ホントにいいの?怒られない?」

僕の心は弾んだ♪

だって、マンションだからダメだって言ってたのに 急に『いいわよ』なんて言うんだもん♪


 僕は お母さんの気持ちが変わらないうちに 動物病院に連れて行こうと思った。お母さんも付いて来てくれた。これは本物だ!


動物病院の前に行くと チョコはちゃんといた。

「お母さん!この子がチョコだよ♪可愛いだろ?」

僕はニコニコしながらお母さんに説明した。ところが・・・

「可愛いわね。きっと素敵な里親さんが見付かるわよ♪」

と、お母さんの口から信じられない言葉が飛び出した。


(えっ?素敵な里親さんが・・・って、ウチで飼うんじゃないの?)


僕の頭の中は 一瞬真っ白になった。

「お母さん?チョコ、飼っていいって言ったよね?」

やっと言葉が浮かんで来たので お母さんに尋ねた。するとお母さんは・・・

「えっ?『チョコ』ってチョコレートじゃないの?『かっちゃだめ?』ってお店でチョコを買うって意味じゃなかったの?」

と答えた。


(うそだろ・・・お母さん、飼っていいって言ったのに・・・)


僕が言った言葉の意味と お母さんが聞いた言葉の意味が違ったと言う事は分かった。でも納得出来なかった。

「チョコを飼っていいって言ったじゃないか!お母さんのうそつき!」

僕は そのまま走った。お母さんが呼んでいたのは聞こえたけど

止まる気はなかった。


何処に行こうとしてるのか・・・自分にも分からなかったけど

とにかく お母さんに嘘をつかれたと思った僕は お母さんの側に居たくないって思っちゃったんだ。


どれくらい走ったかなぁ?

動物病院もお母さんも見えなくなっちゃった。

でも、おウチに帰りたくなかった。だって、おウチに帰ったらお母さんが居るんだもん。

僕だって、分かってなかったわけじゃない。最初からお母さんだって、チョコは飼えないって言ってたんだもんな。


けど・・・


やっぱ、一度でも「いいよ」って言葉を聞いちゃったら諦められないよ・・・

 お母さん・・・心配してるだろうなぁ。

お腹も空いて来ちゃったなぁ・・・


僕はそんな事を考えながら、気が付いたらおウチの方に向かって歩いていた。あの動物病院に近づいた時、僕は足が前に出なくなった。


チョコにどんな顔すればいいんだろう・・・って。


 僕がずっと止まったままだったのを見ていたのかな?

後ろから、おじいさんが声を掛けた。

「どうしたんじゃ?」

僕はビックリして振り返った。そこに立っていたのは、僕んちのマンションの向かいに住んでいるおじいさんだった。

(知らない人じゃなくて良かったぁ~・・・)

「どうして、マンションは動物を飼っちゃいけないの?」

僕はおじいさんに聞いてみた。


おじいさんは、少し考えてたけど

「マンションに住んでいる人の中には、動物が苦手な人も居れば動物に触ってはいけない病気の人も居るかもしれないんじゃよ。そう言う人たちがもし病気がもっともっと悪くなったり、安心して家に帰って来られなくなったりしたらどう思う?」

と聞いてきた。僕はドキッとした。そんな事、なんにも考えてなかった。

「そっか・・・僕、そんな事考えられなかったよ・・・ただチョコが飼いたくて・・・でもお母さんがダメって言うから飼えなくて・・・」

僕が言うと、おじいさんは

「チョコ?それはなんじゃ?」

って聞いてきた。


「あのね・・・あの動物病院の玄関に居る犬なんだ。里親を探してるんだけど、昨日までは2匹居て、今日1匹になっちゃってて・・・僕、お母さんに飼ってもいいか聞いたら、『チョコレートを買ってもいいか?』って聞かれたと思ったお母さんが、『いいよ』って言ってくれたんだけど、やっぱり動物病院に来たら『ダメだ』って・・・お母さんが勘違いして僕の話を聞いたのは分かったんだけど、なんか・・・嘘つかれたみたいな気持ちになっちゃって・・・」

僕は一気に説明した。おじいさんは黙って聞いていてくれた。


そして、


「あの動物病院の犬か。昨日1匹もらわれて行ったなぁ。茶色い方が残ったんじゃな。わしも茶色い方は『可愛いなぁ』って思っておったから、もうしばらく逢えるって嬉しくなったんじゃが・・・そんな風には考えられないのかい?」

おじいさんは、ニッコリ笑ってそう言ったんだ。

「・・・そっか!チョコがもらわれて行っちゃったら、もう逢えないんだ!」

またまた僕はおじいさんの言葉にドキッとした。でも複雑だった。チョコに逢えなくなるのは寂しいけど、チョコだって今は1人ぽっち・・・それは可哀想だし・・・

それでもおじいさんの言葉で僕はおウチに帰ろうと思った。お母さんに謝らなくちゃいけないって思ったんだ。

僕はおじいさんと一緒におウチに向かった。あの動物病院の横を通ると、もう夕方だったからか、チョコも玄関には居なかった。


 おウチに帰ると、お母さんが心配そうに出迎えてくれた。おじいさんも一緒に玄関まで来てくれて、一緒に帰って来たことを伝えてくれた。おじいさんの前だったからかな?お母さんは、全然怒らなかった。でも、ちゃんと謝ろうって思ってたから、

「今日はごめんなさい・・・」

って伝えた。お母さんはちょっと嬉しそうだったなぁ。それを見ておじいさんも安心したのか、自分の家に帰って行った。


 翌日、僕はまた学校の帰りに寄り道をして動物病院に向かった。

動物病院の玄関先が見えてきた頃、なんだか様子が違う事に気が付いた。


うそだっ!


僕の頭の中はこの言葉でいっぱいになった。

チョコも居なくなっていたんだ・・・

昨日は、ホワイトが居なくなってショックでゆっくり見られなかった・・・

おじいさんと一緒に夕方通った時にも、もう病院の中に入れられてて逢えなかった・・・

今日は、ちゃんと逢おうって思ったのに、もう二度と逢えないんだ・・・

僕は悲しくて悲しくて涙が止まらなかった。

そして、そのまま動物病院の横を通っておウチに帰った。

「ただいま・・・」

僕の沈んだ声にお母さんが、

「どうしたの?何かあった?」

って聞いて来てくれた。

「チョコ・・・もらわれて行っちゃったみたいだ・・・もう逢えないよ・・・」

僕が言うと、お母さんが僕の事を抱っこしてくれた。


そして、


「きっと、素敵な里親さんにもらわれたわよ。だって、最後までいい子で待ってたんだもの。」

って言った。

僕は、お母さんの言うとおり素敵な里親さんにもらわれて行ってて欲しいって思った。そして、お母さんに抱っこしてもらったまましばらく泣いた・・・


 どれくらい泣いたかな?

ウチに誰かが来た。


ピンポ~ン♪


お母さんは、僕から離れるとインターホンに答えた。そしてその後、玄関に出て行った。僕は相変わらずボーっとしていた。なんだか身体の力が全部抜けちゃったみたいな気分だったんだ。


 玄関からお母さんが戻って来ると、

「お向かいのおじいさんが、ちょっと来て欲しいって言ってるんだけど・・・」

って言った。

(えっ?おじいさんが?)

僕は、どうしたんだろう?って思いながらお向かいに行ってみた。

お向かいの家はとっても大きな家で 門を入ってから玄関までちょっとした並木道になっている。ゆっくりとその道を歩いて玄関まで行く途中・・・



キャンキャン!



僕は、信じられなかった!目の前に・・・目の前にチョコが居るんだもん!

ゲージの中じゃなく、自由に庭を走りながら まっすぐ僕に向かって来てくれているチョコ!


チョコが僕のところに着くと、その後ろからおじいさんがニコニコして歩いて来た。

「頼りないかな?わしが里親じゃ♪」

おじいさんが言った。

「ううん!いいの?本当に飼ってくれるの?僕、一緒にお世話させてもらえる?」

僕が言うと、おじいさんはすぐに頷いてくれた。

「いつでも逢いにおいで。お散歩なんかも付き合ってもらおうかのぉ」

「おじいさん!ありがとう!僕、何でもお世話するよ!」

僕は、嬉しくて嬉しくてチョコを抱きしめた。チョコも僕のホッペをペロペロと舐めてくれた。


その日から 僕は毎日おじいさんの家に行ってチョコのお世話をした。

すっごく幸せな気持ちになったんだ♪


おじいさん!本当にありがとう!


チョコ!ずっと一緒だよ!

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