手負いの狼

 灯りという灯りもないまま走るカテリーナ。正直、どこに向かっているのかわからない。けれど時折聞こえる鳴き声だけを頼りに向かう。

 ただ、次第に自分は夢を見てるのではと思ってしまう。出くわしてもおかしくないはずなのに魔獣を見ない。道に迷ったかのように風景が変わらない。

 一度立ち止まってみた方がいいのだろうか、そんな気さえしてくる。けれど、あとちょっと、そんな直感もするのだ。


「クォーン」


 月の明かりのようにふわりとした淡い光がカテリーナの目の前に現れた。淡い光の持ち主は熊ほどの大きさの白い狼だった。ただ、胸元の毛は赤く染まっていて、まさかこの子がとカテリーナが足を一歩踏み出す。それに合わせて、狼はカテリーナと違う方へ歩き出した。そして、歩いては止まり、カテリーナを振り返る。


「ついて来いってことだよな」


 ズールイ達のことを思いだしたが、戻ろうとすれば何があるかわからない。それにカテリーナは魔獣の気配も感じないことと風や虫の音も聞こえないことからここは森を模した疑似空間なのではないかと推察した。だったら、尚のこと帰れる保証がない。

 カテリーナは覚悟を決めて狼の後をついていく。

 狼の足取りにおかしな点はない。つまり、助けを求めたのはこの狼だが、助けが必要なものは別ということだ。そう推察しながら、ついていくと淡い光が大きくなる。

 光の壁がそこにはあった。


『バカなことを』


 呆れたような声がカテリーナの頭に響いた。真っ直ぐ見れば、光の壁だと思ったのは巨大な白狼。伏せた状態でも十分大きいのだが、立ち上がればどれほどのものか。


「クゥーン」


 狼は白狼の言葉に尻尾を下げるも、立ち止まったカテリーナの手を銜え、白狼の許へ連れていく。連れて行ったと言っても、正面にではなく、白狼の後ろ足。そこには噛み千切られたような痕。更に濃い血の臭いもする。


『無駄だよ』

「無駄?」

『あぁ、そうさ、無駄だよ。どうせ、魔素へと戻るだけさ。それでお終いさ』

「諦めなくてもいいじゃん」

『あんた、見る限り魔族だろう? だったら尚のこと無理さ。回復魔法が使えないのは知ってるからね』


 そう言い切った白狼にカテリーナはそうなの? と驚いたように首を傾げた。その反応に白狼は何故そのような反応になるのかと眉間に皺を寄せる。


「回復魔法は確かに苦手だけど、使えないってほどじゃないよ。まぁ、ここまで抉れてしまってるのを治したことはないけど……」

『あんた、混ざりものか』

「その言い方、気に食わないけど、どうする? 試してみる?」


 生きることにもう興味がないというのなら呼んでくれたこの子には申し訳ないけど、僕は帰るよと続けると白狼は何が面白いのかニヤリと笑った。


『いいよ。やってごらん。出来なかった時はその時さ。潔く消えてやるよ』

「ありがとう。僕なりに頑張ってみるよ」

『……変わったガキだね』


 失礼しますと白狼の傷口に近づき、傷を確認する。抉られているということは当然ながら血管も損傷している。そのため、脈動のたびにあふれる。そのせいで血の濃い臭いがするが体から離れた血液自体は魔素に帰化するようで地面に血の跡はない。

 噛み千切られていたのは下腿部。同じ大きさのものとやり合ったのなら、最後の抵抗だったか。はたまた小さいものにとも考えられるが、それにしても抉られている大きさが合わないだろう。そうまで考えたが、推察は後にしようと頭を切り替える。

 カテリーナは飛節より上部から魔法で作った包帯を巻こうとする。ただ、誤算があった。


「……っく、と、届かない」


 あまりにも大きすぎた。腕を回すことすらできなかった。そのため、片側を押さえたままでは包帯を巻くことができない。どうしようかと考えていると徐に近づいてきた狼がぺちりと包帯の端を前足で押さえる。


「お前、イイ子だな。ありがとう」


 カテリーナはそう言って狼の頭を撫でる。そして、止血もこめて、ぎゅっと巻くからしっかりと押さえててくれと指示すれば、わふっと返事。カテリーナはそれを聞いてから、白狼の足をぐるぐると包帯を作り出しながら巻いて回った。


『なるほどね、包帯に治癒を付与したのか』

「詳しく言うとこの包帯自体も僕の魔法。今も僕が触れてるから魔力も供給されたまま継続的に治癒をかけてる感じかな」


 良くて完治、悪くても血が止まってくれるといいんだけどと言う。

 それから、カテリーナはこの空間の事と抉った敵の事を尋ねた。抉った敵に関しては白狼の心配という事ではなく、どちらかというと森の中にそれがいるのであれば、街や屋敷への襲撃も備え、討伐しておく必要があると考えたからだ。そして、教えられたのはこの空間は白狼が作ったものだという事。抉った敵は獣国を縄張りとしており、白狼がこの地へと逃げてきたという事だった。

 とりあえずはその敵に対しては警戒はいらないかと考え、他にも聞いてみようと口を開くも、疲れたのかカテリーナはことりと白狼に寄りかかり、寝息を立て始めた。


『全く、いい度胸をしてるもんだね』


 食われるかもなんて考えてもなさそうだと白狼は呆れる。ただ、傷口はカテリーナが眠っているにも関わらず、治癒が継続されているようでぽかぽかと温かい。


「わふっ」

『お前もお前だね。私の事なんざ放っておけばよかったのに。言ってもしょうがないね』


 体を摺り寄せて甘える狼に全くと溜息を零すも、一嘗めしてやれば、満足したのか今度はカテリーナの傍に寄り添う。


『そんなにそれが気に入ったのかい』

「クゥーン」

『別に反対はしないさ。お前の好きにしな』


 ダメなの? というように尻尾をだらんと下げた狼に白狼は気に入り過ぎじゃないかと呆れる。けれど、白狼の好きにしろと言う言葉に狼は嬉しそうに尻尾を振るとカテリーナを白狼と挟む形で寝転がり、眠り始めた。


『気が合うのかね』


 そう零した白狼だったが、昔に出会った青年にどこか似ているものを感じて、これのことを言えないねと独り言ちた。

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