魔力覚醒

 あれから、マティアスはカテリーナと同じように騎士団の訓練に参加することが増えた。とはいっても、基礎も重ねていなかったマティアスは途中でダウンしてしまうのだが、それでもマティアスは頑張っていた。


「はぅっ、私また倒れてた!?」


 いつものようにぶっ倒れてしまっていたマティアスはまたやってしまったとばかりに飛び起きる。本日はズールイとカテリーナと森の中腹まで訓練で出ていたはずなので、ここは中腹だろうかと周りを確認する。


「倒れてたけど、間隔は長くなってるし、すぐに倒れずに一通りこなせるようになるよ」

「つーか、流石獣人だよな。身体能力的に申し分ねぇ。若の言うようにすぐにでもできるようになるだろ」


 近くで休憩をとっていたらしいカテリーナとズールイにそう言われ、マティアスはぱぁっと顔を明るくし、気合が入る。しかし、ふとそこでカテリーナとズールイが手を重ねているのが気になった。


「な、にしてるの?」

「なんかさ、僕の体というか、魔力の流れが妙らしくてさ。ズールイの魔力で強制的に流してみてるんだ」

「まぁ、魔力自体、自分で使えるようになるのは12歳ぐらいだけどな」

「それ、遅いよね。あるなら出来るんじゃって思ったけど、使おうとしても使えなかったし」

「普通は使おうとしねぇんだよ」


 ぶぅと唇を尖らせるカテリーナにズールイはあほかと呆れ顔。


「えっと、で、魔力の流れがおかしいとどうなるんですか?」

「あぁ、下手すりゃ、12歳以降もずっと魔力が使えないままだな。とはいっても、俺がやってるのは所詮民間療法ってやつだ。効果は保証しねぇ」


 マティアスの質問に答えながらもズールイはカテリーナの魔力循環を確かめる。


「一先ず、俺が視たかぎり、上手く流れるようになった」

「僕としては何も変化ないんだけど?」

「まぁ、そんなもんだろ」


 ぴょんぴょんと跳ねたり、シャドウボクシングをしたりと動きを確認するカテリーナにズールイは笑う。そして、今日はこのぐらいにして屋敷に戻るかと三人は屋敷の方角に足を向けた。

 ――パキィン。

 何かが割れる音が聞こえ、カテリーナは周りを見回す。


「若、どうした?」

「うん? いや、なんか割れる音みたいなのが聞こえて」

「……マジで」

「え、さっきの音なんかあるの?」

「あー、いや、俗説だが魔力が使えるようになる前に何かが割れる音がするらしい。俺の場合は随分昔だから覚えてねぇが」


 体は何ともないかとズールイに尋ねられ、カテリーナは特に何ともないと答えようとした。しかし、それは出来ず、カテリーナは目に映る世界に嘔吐した。


「おい、若!」

「ケイ!」


 慌てる二人の声が聞こえる。けれど、カテリーナがそれに応える余裕はない。次々と目から流れ込んで斬る情報に頭を抱えた。気持ち悪くてももう胃から出るものはない。


「若! ……ッ、マティアス、背中に乗れ」

「え、ズールイさん!?」

「若を抱えて屋敷まで走る。俺たちにはどうしようもねぇ」

「わ、わかりました。失礼します」


 現在地は森の中腹。カテリーナを抱えて戻るとなるとその道中、マティアスの面倒までは見切れない。なればどうするか、背負ってしまえばいい。

 マティアスが背中に乗ったのを確認し、カテリーナを両手に抱えた。


「熱か」


 カテリーナに触れ、酷い高熱に魘されていると知り、ズールイはギリッと歯を噛んだ。しかし、すぐさま姿を竜化させ屋敷へと走り出した。


「振り落とされるなよ」

「は、はい」


 すいすいと縫うように森の中を走るズールイにマティアスは落とされまいと必死に掴まり続けていた。そして、屋敷が近づくにつれ、マティアスはこれで大丈夫だとズールイの顔を見た。しかし、彼の顔には安堵はなく、険しいまま。


「ず、ズールイさん、お屋敷についてますよぉ!!」

「大将のとこまでこのままでいく」

「え、えぇええええええ!!」


 屋敷にそのまま突撃するかと思えば、ズールイは大将ぉ!! と叫びながら、外から直接、アレハンドロの書斎のある2階にカテリーナを片手に抱え直し、上る。バルコニーにダンッと足を下ろすと書斎からアレハンドロが飛び出てくる。


「ズールイ、今、客人と――」

「若が大変なんだ」

「な、ケイ、これはどうしたんだ!? 毒草の類か!?」

「いや、それが分からねぇ。もしかしたら、魔力が覚醒したのかもしれねぇんだが、俺もこんな症状は聞いたことも見たこともねぇ」


 大の大人が熱に魘される子供を囲み混乱している。あれがどうだ、これはどうだと話し合っており、アレハンドロは客人の存在をすっかりと忘れてしまっている。わたわたとするズールイとアレハンドロの隙間を掻い潜り、客人であろう青年はズールイの腕の中にいるカテリーナの瞼を上げ、目を確認する。そして、小さな声でなんてこったと呟いた。


「で、デイマス、中で待っておれと」

「いや、旦那方があまりにも混乱しているようだったんで、あっしにお手伝いできるこたぁないかと思ったんですがね。それにしても、お子が養子とは噂で聞いておりましたが、魔族の子であったとは驚きやした。いや、だからこそ、今まであっしもお会いしたことがなかったのやもしれませんがね」


 デイマスという青年はぺらぺらとそう語る。


「商人がどうの出来る者ではないだろう」

「えぇ、まぁ、商人であれば、そうでありましょう。あっしはこういう商人ですんで」

「その目は……魔族であったか」


 デイマスはルシエンテス家に出入りしている商人。そうであるため、アレハンドロは下がってくれというが、デイマスはにこりと笑い、一度目を瞑り、開いて見せた。その目は茶色から赤色に変わっており、魔族であると示していた。それにはズールイも声に出さずとも驚いていた。


「魔族といやあ、あまりいい顔をされないもんですんでね。とはいえ、あっしは末端も末端でありますがそれは置いときやしょう。今はお子の話を」

「何か知っているのか」

「若君と呼ぶのが良いのでしょうかね。今の状況は上級の魔族ではよくあるもんです」


 魔族の目は特殊なもので魔力の流れなどを視覚情報として知ることができる。それもまた上になればなるほどに情報は細かくなっていく。デイマスなどの末端の魔族は辛うじて魔力の流れが把握できるぐらいの情報量のため、カテリーナのように発熱まですることはない。

 しかし、カテリーナは魔族の中でも皇帝クラスだという。まさかとアレハンドロとズールイが口にするがデイマスはほぼ間違いないと言う。


「魔族はそもそも初代皇帝より力を貸与された人族が起源となっていましてね。その中で交わりを繰り返して今の魔族になっているんですわ。で、力を与えた皇帝の血族は別格でしてね、必ず身体的に引き継がれているものがあるんです」

「まさか、目か」

「そうです。だから、あっしは驚きやした。まさか、このようなところで皇帝の血族にお会いするとは思いもよりません」


 やれやれと首を振って見せるデイマスにドンとぶつかる影。それは話に混ざれずにいたマティアスだった。


「それで、ケイはどうなの!? 大丈夫なの? 大丈夫じゃないの!?」

「大丈夫ですよ。早い段階の魔力覚醒でありますが、とりあえずは自分で情報も操作できるようになるまでは目の働きを抑えておく必要がありますがね」


 それにほっと息を吐くもすぐに目を瞑っていてもカテリーナは苦しんでいるけどと目を向ければよく気づいたとデイマスはマティアスの頭をぐりぐりと撫でまわす。


「皇帝クラスになると目を瞑っていても情報が入ってくるらしいと聞いたことがありやす。ただ、それは若君だと右目だけでしょう。左目は魔族でも色は深いですがよくある目ですし、こちらの情報はすぐにでも落ち着きやす。勿論、目を瞑れば入ってくることはありやせん。ですので、右目の対策だけしてあげりゃよろしいんです」


 そうどや顔でいうデイマスにマティアスはそれでは問題は解決になっていませんとジトリとした目で見る。勿論、アレハンドロやズールイも同じような目をしている。


「……せっかちですねぇ。まぁ、よろしいでしょう、実は、良い物があるんですよ」

「買えと言うことか」


 承認であれば、当然そうなのであろうと問うがデイマスはにんまりと笑ったまま首を振った。


「それは差し上げやす。様子見も必要でしょうしねぇ。あっしから言えるのは一つ。今後も何卒ご贔屓にしていただきたいということです。魔族なんてそこらへんにポンといるわけではありやせんでしょう」


 にっこりにこにこ、どうでしょうというデイマスにアレハンドロはわかったわかったと返事をした。


「大将」

「わかっている。だが、デイマスの言葉も事実だ。魔族のことは魔族に聞くのが良い」

「まぁ、そうだが」


 デイマスは書斎に戻り、ゴソゴソと荷物を漁り、目的のものを見つけたのかアレハンドロの許に戻ってきた。その手に握られていたのは漆黒の眼帯だった。


「そんなもので大丈夫なのか。ただの眼帯のようにしか見えんのだが」


 不安げに尋ねるアレハンドロにデイマスは流石に困ったという表情をする。


「保証は出来やせん。しかし、これは上級界隈で情報ができることができるとされてるもんです。なんで、そんなものがあっしのような末端まで流れてきたかは知りやせんが、若君の為であったとしたらある意味納得のものですねぇ」


 抑制の眼帯というものらしく情報を抑えるだけのため、眼帯をしていても普通に見ることができるという。


「しかし、皇帝の血族と魔族は違うものなのだな」

「まぁ、そこらへんは魔族内で語り継がれてる話なんで、人族で知る人はいないでしょう。そもそも、皇帝の血族は魔族の象徴であり、殆ど公のことは魔王様が仕切っておられやす。まぁ、権力を使おうと思えば、使うこともできるんでしょうがね」

「ふむ、セバスは魔族に少々詳しかったが、やはりそういうものでも知らぬものか」

「あぁ、セバスチャンさんねぇ。まぁ、エルフのハーフらしいですが、難しいですね。エルフと共に住んでいるとはいえ、区画分けしてある上に、上の人はそれぞれ皇帝陛下及び魔王様と精霊王と分かれておりやす。ま、つまり、実際の所は別々に暮らしてるようなもんでさ」

「あ、あの、魔族は下級クラスなどは角などがあると本で読んだのですが」

「あぁ、あっしは尻尾でさ。ほれ、この通り」


 アレハンドロやマティアスの質問に丁寧に答えるデイマス。情報量とかというズールイにはデイマスは首を振る。


「とりあえずは、今は若君が無事に落ち着くのを確認するのが先でしょうや。もし、若君がご立派になったらなったでしっかり贔屓してもらうんで」


 多少カテリーナに夢を見過ぎではと思ったがその可能性も無きにしも非ずかとズールイは苦笑いを零した。




 数日後、カテリーナの熱も収まり、右目には眼帯をつけ、今まで通り動き回っていた。なくても平気なんじゃと外して、再びぶっ倒れてからは常につけておくようにと全員から言い渡されるのだった。


「どうにか抑制の眼帯の作り方わからないかしら」

「母上、もしかして、作るつもり?」

「えぇ、当然よ。だって、可愛いケイがつけるのよ。それなりにしなくちゃ」


 メルセデスの言葉にまぁ、あることに越したことはないけどと思うカテリーナは改めて紹介してもらったデイマスに相談を持ち掛けるのだった。







「……末端の商人が抑制の眼帯を求めていると」


 魔族の長たる王の居城にそのような報告がもたされていた。末端となると抑制など必要ないだろうにと思案する。ごく稀に上級クラスの魔族が生まれることがあるが、今回の件はそうではなさそうだ。ざっと市井を視てみるがそのような魔力の流れはなかったのだ。


「必要のないものであるが、調べてみるか」


 部下を下げ、影はふーっとイスに深く腰を掛け、息を吐いた。

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