巡り合わせ

 ずるりと黒い塊が起き上がる。


「お出かけですか?」

「あぁ、少し出てまいる」

「かしこまりました。いってらっしゃいませ」


 動作も緩慢であるが、発せられた低い声もまた同様。声をかけた少女はそれをついぞ気にせず、変わらぬ表情でそれを送り出す。塊はすっと影へと消え、残された少女は出かけたことを報告するために帝の部屋から父がいる王の部屋に向かった。




 チチチッと鳥が鳴く森の深奥。カテリーナは一人魔力操作の練習をしていた。本来であれば、ミンシュエンも苦戦するだろうという魔物の出る深奥だが、特殊なルートを使えば、魔物に会うことなく、今カテリーナのいる滝近くの川辺まで来れる。ただ、それはカテリーナだけ。アレハンドロやズールイなどを伴ってはそのルートは通れなかった。

 謎ではあったが、安全であるということはなんとなくカテリーナは知っていた。だから、確信的なものはないながら、ごり押しでアレハンドロから許可をもぎ取った。


「集中、集中、魔力をゆっくりと移動させて……」


 大きな岩の上に座り、練習を行う。ただ、これがなかなか難しい。あの時から、魔力が使えるようになったカテリーナは通常の訓練に魔術訓練がプラスされた。しかし、上手く使えず、まずは魔力を動かす感覚を覚えることに注力することとなった。それは、自主練のようなものだった。

 パーンッと魔力が霧散する。


「あー、もう! 上手く言ってたと思ったのに!!」


 右から左に、左から右に、全身に膜を張るようにと魔力を操作するが何度やっても途中で弾けてしまう。岩の上であーもうとごろごろするも、それで上達するわけではないし、と再度挑戦する。だが、やはり、上手くいかない。

 上手くいかず、皆にアドバイスを求めるも基本的に感覚で掴むものだからなぁと言われ、聞けたとしても擬音語ばかりでよくわからないものが多かった。そもそも、扱える属性の種類、数によっても分かれるらしく、闇属性が高く、光属性が低いものの全属性一通り標準並みに扱えるカテリーナと同じ人はいなかった。近かったのはセバスチャンだが、彼はどうやら精霊の力を多く使っているらしく、参考にできなかった。


「デイマス曰く、魔族皇帝ぐらいだっけか」


 それを聞いたアレハンドロはカテリーナが倒れた日に説明してくれた時と同じような渋い顔をしていたのをカテリーナはよく覚えている。

 アレハンドロたちはカテリーナに皇帝の血族の可能性を伏せていた。ただ、デイマスが、魔族であることと、カテリーナが倒れてしまった原因を説明するにとどめていた。

 カテリーナ本人としては、彼らが何かを隠していることには気づいていた。しかし、自分も隠し事があるため、問うことは控えていた。


「……デイマスには教えてもらえなかったし。まぁ、口止めは当然だよな」


 魔力操作のコツを聞くついでに探りを入れてみた。だが、当然の如く口止めされていた。中々、自分は難儀な立場にいるようだとカテリーナは苦笑いを一人零した。




 考えに耽っているうちに寝てしまっていたようで人の気配を感じてカテリーナは慌てて飛び起きる。

 黒い塊がいた。


「ほぉ、魔の者であったか」


 緩慢とした動きでカテリーナの顔を覗き込んだ塊は非常に整った顔立ちをした紅い目を持つ男だった。紅い目はカテリーナとよく似ていた。けれど、そのどちらも結膜は黒くはなかった。そして、カテリーナが黒いと認識したのは男の髪色とダルマティカに似た服――黒を基調とし、金銀の刺繍が施されたチャントとブリオーのせいだった。


「えっと、誰?」


 正直、魔族なのはわかる。しかし、間違いなく知り合いではない。だからこそ、困惑しながらもカテリーナは尋ねるしかできなかった。


「ふむ、誰、であるか。抑制の眼帯をしているということは、上位の者であるはずだが……」


 指を唇に当て、ブツブツと何かつぶやく男にカテリーナは尋ね方を間違えたかと反省する。そして、服装からもしかしたら、古い魔族なのかもしれないと推測する。となると、地位的にも高い可能性がある。


「失礼いたしました。まずは自分が名乗るべきでした。僕はカテリーナ・デ・ルシエンテス・イ・ベージョティエラ。この一帯を占めるルシエンテス公爵の子です。貴公の名を改めて伺ってもよろしいでしょうか」


 サッと立ち上がり、謝罪を述べ、自分の名を名乗って、自身の手を胸に当てて男におお辞儀をする。

 セバスチャンをはじめとする騎士たちとラウルなどから厳しく教わったそれは美しいものになっていた。


「ほぅ」


 男からそう声が漏れる。それは嘲笑うものではなく、感心しているような響きの音。カテリーナは一先ずは怒っていないと胸を撫でおろすが、目を瞑り、その音に続く男の声を待った。


わぬの名はアマラントだ。姓もあるがそれは良かろう。なんにせよ、好きに呼ぶが良い」


 フッと笑った男、アマラントにカテリーナは礼を告げる。


「良い、かしこまるな。普通にせよ。しかし、女子おなごであったか。よく鍛えておるようだったから男子おのこかと思うたぞ」


 そう言うアマラントにカテリーナは守るために強くなりたいからと苦笑いを浮かべ、語る。

 初めこそは敬語が抜けなかったが、次第にカテリーナはいつもの口調になっていた。


「して、ケイはココで何をしておったのだ」

「ん、あー! 結局、今日も出来なかったんだ」

「ん? 何をだ」

「魔力操作。僕、なんか特殊みたいでさ」


 上手くできないんだよねというカテリーナにアマラントは一度やってみろと告げる。それにいいけどと答え、魔力操作を試みる。目を閉じ、流れを意識して、動かす。けれど、やはり途中でパンと集めていた魔力が霧散してしまう。やっぱり、上手くいかなかったなと目を開け、アマラントに尋ねようとした。しかし、アマラントは瞠目して固まっていた。


「アーラ?」

「あ、あぁ、すまぬな」

「やっぱり、僕、魔術とか使えないってことかな?」

「いや、それはありえぬな。ところで、何故、ケイは目を使わぬ」

「目?」

「うむ、目だ。抑制する必要があるということはよく視えるはずであろう」


 アーラとはアマラントの呼び名である。アマラントと呼ぶのがめんどくさいという理由でカテリーナが付けたものだ。それをアマラントは良しとし、それに合わせてカテリーナのことをケイと呼ぶようになっていた。

 驚きから戻ったアマラントはカテリーナに目を使わないのは何故かと問う。それにカテリーナは少し考えたものの素直に魔力が覚醒したのが通常よりも早かったこと。右目は眼帯を取るとまだ情報量を操作できずに倒れてしまうことを告げる。会ったばかりのアマラントにこのようなことまで話すのは良くないことだとはわかっているが、どうしてかカテリーナはアマラントは信頼できる人だと感じていた。もしかしたら、いつの間にか魔術的なものでそう思われているのかもしれないという考えもあったが、悪用されたらされた時だと腹をくくっていた。


「ふむ、ではわぬがそれを抑えてやろう。今度は視ながらやってみると良い。何故途中ではじけてしまうのかもわかるであろう」


 カテリーナの右目に眼帯の上からアマラントが触れる。すると温かなものに包まれる。眼帯をとってみると良いというアマラントの言葉に、カテリーナは恐る恐る外す。しかし、あの時、襲ってきていた膨大な情報たちはとても大人しかった。久しぶりに眼帯を外せたことにカテリーナは喜ぶ。その一方で顕わになったカテリーナの目にアマラントは小さくやはりそうであるかと言葉を零し、柔らかな笑みを浮かべた。そして、少しの間自身の想いに浸っていたアマラントはカテリーナに魔力操作を促す。


「あ、そうだった。えっと、視ながら、操作」


 ァ殺陣も魔力を集めながら、それを見る。そして、ゆっくりと動かしていく。そして、パンッと魔力が弾けるもののカテリーナは落ち着いていた。


「魔力の循環が上手く出来てなかったんだ」


 どこか一点に魔力を集めていても体中には膜のように魔力が通っている。魔力は一度集めたものがずっと留まっているわけではなく、常に新しいものと入れ替わっていた。そして、無意識だが、巡っている魔力の管を細く細くしていた。それが原因で十分な魔力が供給できず、維持ができなくなってはじけたのだとカテリーナは理解する。


「見事だ。その目も先程のと同じことだ。絞り過ぎないようにする。そして、少しずつ目で視る時間を増やすと良かろう。ケイは筋が良い様であるからして、早くにでも、自在に使えるようになろう」

「アーラに言われると本当にできそうな気がするよ」


 えへへと笑ったカテリーナだったが、日の傾きを見て慌てる。


「ごめん、アーラ、僕帰らないと」

「あぁ、そうであろうな。ほんに、実に惜しい」


 惜しいという言葉はカテリーナには届いておらず、彼女は屋敷の場所を確認するためにアマラントに背を向けていた。

 アマラントの影から無数の黒い手がカテリーナへと伸びる。アマラントはソレを止めようとはしない。


「あ、アーラ」


 カテリーナに手が触れる寸前、振り返った彼女に手を最初から何もなかったように霧散。そして、同じように何もなかったかのようにアマラントは何だと問う。


「また、魔術操作教えてよ。アーラに教わる方が一人で黙々とやるよりも上達する気がするし。あと、もっとアーラと話したいから、今日だけじゃ勿体ないだろ」

「……否、と答えたらケイはどうする」

「うーん、それはそれでしょうがないかな。アーラにもアーラの事情があるだろうし、残念だけど諦めるよ」

「……なに、冗談よ。ケイがココに来る頃にわぬも訪れよう」

「本当!? アーラ、ありがとう」


 ふぅと息をついて答えたアマラントにパッと花を咲かせたカテリーナは礼を言いながら、アマラントに抱きついた。そして、すぐに離れ、またなと手を振って帰っていった。


「また、か。次は何か手土産でも用意しておいてやろう」


 アマラントは近場の娘にそれとなく今の子は何を好むのか尋ねるとしようと自らの影に沈んでいった。

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