隣を歩く
「はぁっ!!」
「やぁっ!」
「とぅ!!」
庭でズールイ達騎士と手合わせをしているカテリーナ。それをマティアスは屋敷の中から見ていた。泥だらけになっても、弾き飛ばされても、何度も何度も騎士たちに向かっていく。
書庫から持ちだした本をギュッと抱きしめ、自分は何をしているんだろうとマティアスは思う。折角、スーシオバスラで過ごしていた
「マティアース!!」
キラキラとした笑顔で手を振り、マティアスのいる窓まで駆け寄ってきたカテリーナ。それにより、心をギュッとされてる。
「? マティアス、具合悪い?」
「……悪くは、ないよ」
「んー、そう? でも、難しい顔……というか苦しそうだけど」
心配されるほど苦しそうな顔をしていたようでカテリーナは背伸びをして、大丈夫だよとその頭をよしよしと撫でる。
「僕でよかったら話は聞くよ。あー、でも、僕に話しにくいっていうなら、ラウルとかマフォルダとか――」
「あ、あのね、えっと、その、聞いてくれる?」
「勿論!」
獣人ならと兎の獣人で執事をしているラウルや牛の獣人でメイドをやっているマフォルダを引き出したカテリーナだったが、どうもマティアスは彼らには話しにくいのか、首を振ってその提案を拒んだ。そして、カテリーナの手をギュッと握る。その行為にカテリーナは驚いたがすぐに頷き、先にサロンに行ってもらい、ズールイ達にちょっと休憩してくると叫ぶ。
「おう、ゆっくりしてこい」
「思い出したら戻ってくるから」
「それ、休憩じゃねぇな?!」
「あはは、冗談だよ。ちょっと行ってくるよ。あ、夜はお肉が食べたいな!」
「あ゛? 獲って来いってか!? あ、おい!」
主にズールイと投げつけ合うような会話を交わした後、カテリーナはマティアスを待たせているサロンへ向かう。途中、先程会話に出したラウルがいたため、彼に紅茶とティーフーズの用意を頼んだ。かしこまりましたと頭を下げたラウルだったが、マティアスの名前を出した際、少しだけ長い耳が動いていた。しかし、すぐに何もないように振る舞う様は老いていても流石執事だなと感心する。ただ、兎の執事ということもあって、カテリーナは顔合わせ当初に彼をバニーボーイ(ボーイという年齢ではないが)と思ってしまったがために、今でもそれがぶり返してしまう。
「若様」
思っていることが顔に出ていたのか重々しくそう呟かれた言葉とキラリと反射したモノクルにカテリーナははははと乾いた笑みを零し、サロンへと逃げた。そんなカテリーナの姿に全く困ったものですなと溜息を一つ。そして、すぐにミンシュエンにとっておきのティーフーズを頼み、自身は紅茶を厳選する。
サロンではカテリーナとマティアスが向かい合って座っていた。ただ、そこに会話はまだなく、あるのは沈黙。カテリーナは自分から話を振るのではなくて、マティアスが話してくれるのを待った。
そして、ぽつりぽつりと零し始めたマティアスの言葉を取りこぼさないようにカテリーナは耳を傾ける。
「私、ずっと変われないままなのかな」
カテリーナはしっかりと前を向いて強いなと思うほど、自分で傍にいたいといったのに何も変われていないことが凄く惨めだとマティアスは言う。
「焦らなくてもいいんじゃない? 誰だって明日からこうなりますってバッと真逆には変われないよ。ちょっとずつ変えていけばいいんだ」
「ちょっとずつ?」
「うん、だから、焦る必要なんてないよ。その人にはその人の、マティアスにはマティアスの進むペースがあるんだし、焦ってもいいことなんてないよ」
「えぇ、そうですな。若様は焦った結果、旦那様と大喧嘩しましたからね。全く、重みが違いますな」
「うぐっ」
丁度、用意が出来たらしく紅茶とティーフーズを運んできたラウル。会話に混ざってきたことでマティアスは尻尾を自分の足に巻き付け、カテリーナは彼の言葉にその節はすみませんでしたと顔をそむける。それに何があったか知らないマティアスが疑問符を飛ばせば、ラウルは丁寧にその当時のことを語ってみせる。
「料理長はもう少ししたら旦那様に相談を持ち掛ける予定だったのですがね」
「あ、はい、僕はがその予定をぶち壊しました。わかってるよ」
もうやめてよとカテリーナはテーブルに伏せる。
「若様、折角、料理長が作ってくださったティーフーズが置けませんので体を起こして下さい」
はいはい体を起こしてぐいっと無理矢理カテリーナの体をお起こし、真ん中にティーフーズの2段になったデザートタワーを置く。そして、カテリーナの前には小皿が置かれる。
「あぁ、それから、これは独り言なのですが、ここに住む獣人は私を含め皆、マティアス様を忌避してませんよ。むしろ、マフォルダなどはマティアス様に何かできないかと気にかけているほどです。もし、あなたが本当に変わりたいと思われるのでしたら、彼女達からでもよいので、話しかけるようにしたら良いのではないでしょうか」
下の段からフルーツサンドを取り分けながら、ラウルはそう呟く。ただ、その呟きにマティアスは目に涙を浮かべる。それから、小さく感謝を零すが、ラウルは、はて、私は独り言を言ってしまっただけですとそれを受け取らなかった。
「ラウル、さんは」
「ラウルで結構でございます」
「あ、はい、私もその、様付けはいらないです。えっと、そうじゃなくて、ラウルは私のこと」
「えぇ、存じております。何せ、数年前までかの国で執事として仕事しておりましたので」
戦力外通告をされ、それを拾ったのがルシエンテス家に出入りしている商人だった。その伝でアレハンドロに仕えるようになる。だからこそ、ラウルは
「ここはかの国でもあなたが過ごされていた屋敷でもありません。それにですね、遥か昔に存在したとされる白獅子の王はマティアス様、いえ、マティアスと同じような幼少を過ごしたと言われているのですよ」
そんな話知らないという顔をしたマティアスににこりとラウルは笑みを浮かべる。白獅子の王の話は市井の御伽噺ですがと言葉を続ける。
「マティアスの将来はマティアスが決めるのです。勿論、我々は協力をいたしましょう。そうですよね、若様」
「うん、当然だよね」
ラウルにいいとこ取られたなぁとフルーツサンドと紅茶を味わっていたカテリーナに突然、ラウルから言葉が投げられるも、話の流れを聞いてなかったわけではないため、すぐに頷く。
「私、ケイの隣を歩けるように頑張るよ」
そして、その日から少しずつマティアスはラウルをはじめ、皆に自分から声をかけるようになっていった。まだまだ尻尾は足に巻き付いているようだったが。
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