特別鍛錬

 ミンシュエンとの鍛練が始まった。

 1日目は身体能力の確認。森の中を体力が続く限り走る。走り方は屋敷から森の入口に走り、折り返すということを繰り返す形だ。勿論、森の中を走るということは魔物も出てくる。しかし、そこはカテリーナと並走していたミンシュエンが全てカテリーナの傍に来る前に殴り飛ばした。


「すごいな、ミンシュエンは」

「いやなに、昔に比べれば衰え……いや、増したか?」

「どっちさ」


 自らの強さに首を傾げるミンシュエンにカテリーナは苦笑いを零す。本気になる機会を失い、鍛練をすることだけは続けていた。しかし、元がどのくらいだったのか思い出せないのだという。


「ともあれだ、この近辺なら問題はないが、奥地の魔物は強力だからな。奴らと対峙する時は更に鍛えておかねばならんだろうな」

「ミンシュエンが鍛え直しがいるとかどんだけだよ」

「いやいや、儂にと手敵わん奴らはおるぞ。そうだな、1つはユウヤバオユとの境にある山に住む神龍のジジイどもだな。流石、神龍と崇められているだけある」


 カッカッと笑うミンシュエンにカテリーナは神龍という存在が伝説ではないことを知る。しかも、神龍は一個体ではなく、種族としての名称であるようだ。


「さて、これからはいる所は木々も縦横無尽に伸びておる。会話をしている余裕はないぞ?」


 二カッと笑ったミンシュエンにパンッと頬を叩き気合を入れる。そして、ミンシュエンの言葉通り、カテリーナに余裕などなくなった。人が入っていない獣道はまだカテリーナの背が低いこともあって何とかなったが、それでも、走りにくい。只管に木々を避け、前に向かうだけで精いっぱいだ。

 途中、何度か油断し、ぶつかったり、引っかかったり、こけたりを繰り返す。


「いってー」

「やめるか?」

「やめない。まだ初日だし、やめるわけないでしょ」


 服はこけたこともあって、土や草木の擦れた跡までついてしまっている。折角と足を動かせずしょんぼりしてしまうが、ミンシュエンの言葉に気持ちを切り替えて前を向き、走り出す。

 そして、最終的にはぶっ倒れた。しかし、体が地面に接する前にそれに気づいたミンシュエンが素早く動き、倒れるカテリーナをしっかりと抱きかかえる。


「……あり、がと」

「何、かまわん。倒れることなど想定済みよ。いやはや、しかし、驚いた」

「ん?」


 ミンシュエンに抱き抱えられ屋敷に戻る最中、ミンシュエンは嬉しそうにそう言った。よくわからないカテリーナが首を傾げれば、よく鍛練出来ていると彼女を褒める。それにはえへへと嬉しそうな笑みを零す。


「毎日、ちゃんとミンシュエンに教えてもらった方法で特訓してたからね。成果出てるのならよかった」

「勿論、出ているとも。間違えず、鍛え続ければ、儂をも超えるやもな」

「そう? そうなら、もっと頑張らなきゃな。皆、ミンシュエンに勝てない勝てないってぼやいてばっかだし」

「うむ、奴らに喝を入れてやれ」


 笑い合いながら、言葉を交わしていたが、屋敷が使づく頃にはすうすうと寝息に代わっていた。屋敷に戻れば、心配していたのだろうアレハンドロとズールイが立っていた。その二人と一言、二言を交わすとカテリーナを預け、自分の職場へと戻っていった。

 2日目。1日目以上に激しいものだった。とはいえ、武器を使ったものではなく、己の体一つでの戦い方。ミンシュエンの補助ありで弱い魔物と戦うのは当然ながら、ミンシュエンとも手合わせを行う。あまりの激しさと腹部へと圧迫などからカテリーナの体は悲鳴を上げ、食べていたものを戻す。


「口の中がエグイ」

「エグ……? まぁ、ほれ、水を飲め」

「うん」


 吐瀉物のせいで口の中が何とも言えない顔のカテリーナに水を差し出せば、余程だったのだろうぐびぐびと水を飲む。そんな休憩が終われば、当然のことながら鍛練を再開する。


「動きばかりにとらわれるな」

「防御が甘くなってるぞ」

「それは攻撃か? しっかり力を乗せろ」


 ポンポンと飛んでくる言葉と攻撃に息を荒くしながらも返事をし、必死にミンシュエンに食らいついていく。

 そして、鍛練時にはミンシュエンを師父せんせいと自然と呼んでいた。勿論、最初に呼ばれた時は驚いた顔をしたがすぐに綻ばせ、乱暴に頭を撫でた。

 3日目は休息日という名の瞑想。瞑想の邪魔はミンシュエンが殴り飛ばしていたことにはカテリーナは知らない。4日目、5日目、6日目は鍛練と瞑想をそれぞれと繰り返し、7日目は前半瞑想で、後半はカテリーナのやりたいことを行った。


師父先生と一緒にズールイをぶっ倒したい!」

「よかろう」

「いや、よくねぇから! なに、サラッと俺を巻き込みやがった」

「え、だって、ズールイが父上に報告したんでしょ? だから」

「それだけで!?」


 はい! と手を挙げて提案すればミンシュエンは何も迷うことなく頷いた。しかし、それに巻き込まれる形となったズールイが異議を唱えるものの報告したことは恨んでるぞ☆と笑顔で答えるカテリーナ。


「また、逃げるかズールイ」

「逃げるってあれとこれは違うだろうが」

「いや、逃げるのには変わらんだろう?」

「……っくそ、やればいいんだろ、やれば」


 ミンシュエンの言葉に苛立たしそうにズールイは頭を掻く。よくわからないやり取りにカテリーナはミンシュエンの裾を引き、大丈夫かと不安そうに尋ねる。そんなカテリーナを安心させるように、大丈夫だというように優しく頭を撫でた。


「ほら、やるんだろ」

「ズールイ、怒ってる」

「若には怒ってねぇよ。チョウに怒ってるだけだ」

「蝶?」

「チョウだ。お前の師父せんせいの姓だ」

「へぇ、じゃあ、ズールイは」

「黙秘する」

「なんでだよ!!」

「さっさとやるぞ」


 減るもんじゃないじゃんというもののズールイは答えず戦闘態勢をとる。それに納得いかないと唸るカテリーナだったが、ミンシュエンにも促され、渋々ズールイと向き合った。そして、対峙して改めて、ズールイの大きさを思い知る。小人と巨人、は言い過ぎか、小人と大人くらいの差がある。しかし、大きい分狙いやすいと考え、ズールイに拳を振るう。


「まだまだ軽いな」

「くそー」

「ほれ、ミンシュエンの所にでも戻ってろ」


 パシッと軽い音の拳はズールイには全く効果はなく、逆にカテリーナはすぐにミンシュエンの許まで投げ飛ばされた。飛ばされたカテリーナはミンシュエンにキャッチされ、リリース。


「ていっや」

「だから、動きが分かりやすいんだよ。ほら、また戻れ」


「こなくそっ!」

「って。今のはまあまあだな。でも、まだまだ」


 向かっては飛ばされ、向かっては飛ばされを何度繰り返したか、流石に厳しくなったのかミンシュエンにバトンタッチする。それにミンシュエンは頷き、見ておれよとズールイに向かっていった。彼が元いたところには踏み込んだ片足分の足跡がくっきりと残り、ズールイの方向からはドゴォッと可愛らしくない音が聞こえてくる。


「……手加減、大事。うん」


 巻き起こった砂煙でどうなっているかわからないが、それで本気じゃないとかマジふざけんなよという叫び声が聞こえることからカテリーナと手合わせしてた時よりも制限をかけていないのだろう。ズールイの呻く声も聞こえるため、一方的なのは明らかだ。


「……鍛練あるのみだな。今度からは武器も使わせてもらえるかな。いや、でも、まだ早いって言われるかな」


 いざという時に自分の身を使えるのは十分大切なのだが、やはり、武器なども扱ってみたいと思うカテリーナは砂煙を眺めつつ、そう思案する。

 その後、暫くした後、やはり楽しくなってしまっていたらしいミンシュエンにカテリーナの相手だったのにすまないとボロボロになった紺色の竜を引き摺りながら、謝られた。


「それ」

「ん、あぁ、ズールイだ。竜人は稀に竜化できるものが居るのでな。儂もこれも、そうだ。にしても、少々やり過ぎた」

「少々やり過ぎたってもんじゃねぇぞ。竜化してたのに体中いてぇ」


 竜の姿から人に戻ったズールイは殴られた箇所を確認しつつ、文句をたらたら。それにミンシュエンは笑い、カテリーナは竜人は竜になれると脳内辞書に書き込んだ。



 カテリーナは無事、試験を突破した。




 余談ではあるが、カテリーナが鍛練中、怪我をしたり、嘔吐したりと報告を受けるたびにアレハンドロは1人、やめさるべきだろうか、と悩んでいた。しかし、最終的に弱音は吐かずやり遂げてしまったので、今度は諦めさせるにはどうしたらいいものかと頭を抱えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る