父と母と娘
朝食後、カテリーナはアレハンドロに書斎まで来るようにと声をかけられた。それにズールイが報告したのだろうと知り、この呼び出しはおしかりであると理解した。
そして、書斎に入ると予想通り特大の雷がカテリーナに落っこちた。
「お前は何をしようとしたのかわかっているのか!!」
理解しているからこそ、カテリーナは謝りながら、その身を小さく縮めた。目覚めてから何度かアレハンドロに怒られることがあったが、当然ながら本日が一番のものだった。怒る理由もきちんと理解しているのだが、いかせん体は8歳の子供。浴びせられる厳しい言葉に段々と目に水の膜が張る。うるうると溜まった涙が耐え切れずに一筋頬を伝えば、怒っていたアレハンドロはしまったという表情。しかし、これは大切なことでと今すぐカテリーナに謝罪してしまいそうな気持を抑え込み、厳しい顔に戻す。
「そもそも、ケイは女の子なのだから、騎士の真似事をする必要はない」
ぽろぽろと落ちるようになっていた涙がアレハンドロのその言葉にスッと干上がった。そして、細められるカテリーナの目。女児たるものこうあるべきと語るアレハンドロはその様子に気づいていない。
「……父上」
「な、なんだ」
感情の失せた言葉にアレハンドロは言葉に詰まってしまった。しかし、すぐにカテリーナが怒っていることを理解できたが、何が原因かわからない。
「誰がいつ、女性の幸せは、言動はこうあるべきと定めたのですか!? 結婚し、子を産み、育むことも何故、当然のことのように語るのですか!?」
そんなことはおかしいとはっきりとカテリーナは口にした。そもそも、そうであるならが、メルセデスと結婚したのは政略結婚だったこともあるが、それを受け入れたのは憐みからだったのかとカテリーナの言葉に固まっていたアレハンドロに尋ねれば、それは違うとはっきりと断言する。
「それならばいいですが、女性が騎士になってはならないことはないでしょう。現に父上の騎士団の中にだって女性の方はいます」
「お前は飾りの公爵家とはいえ一般には公爵令嬢だ」
「貴族令嬢であろうと王都や隣国では令嬢でありながら、騎士や兵士になっている者もいると聞いておりますが」
「そういう者らはきちんと試験をした上で」
「ならば、僕にもその試験を課してください。僕は、僕だって守りたいものを自分で守りたい」
「そこまで言うのならば、実施しようではないか」
売り言葉に買い言葉というべきか、言い合う勢いそのままにカテリーナに試験を課すことが決定した。ともあれ、公式な試験官はいないため、アレハンドロの提示する課題をクリアするという形になった。
「……ミンシュエンの訓練を1週間こなせ。根を上げたらそこで終了だ。再試験もなしだ。これができなければ別の道を模索しなさい」
「わかりました」
「いや、ちょ、待て、大将も若も待てって」
ぽんぽんと交わされる会話についていけなかったズールイだったが、ミンシュエンの名前が出ると慌てて二人の会話に飛び込んだ。
「「なんだ?」」
「なんだじゃねぇだろ。若、こういうのは内容を確認してから決めろ。大将は大将で人選がやばいだろ」
「内容を確認したところで変更なんてないだろうし、些細なことだよ」
「人選がダメだろうが何だろうがお前たち騎士に任せてはケイを甘やかす未来しか見えん」
それぞれに指摘を投げつけるも、カテリーナとアレハンドロは互いに意図を理解しているようで、何の問題もないとズールイに投げ返す。それにはもう、ズールイが言えることはなく、肩を落とすしかなかった。
そもそもズールイがミンシュエンの名に反応したかというと彼の経歴がその理由だ。元々はズールイと同じユウヤバオユの出身で、そのユウヤバオユに置いて将軍まで上り詰めた兵だった。しかし、強者も現れず、このまま朽ちるのみかと思った彼は別の道――料理人に転向した。そして、極に究め宮廷料理人まで登りつけたが、ある理由により辞職し、グロリアレイノの小料理屋を経て、現在は料理長としてルシエンテス家に仕えているのだ。老いた容姿ではあるが、自ら狩りもするし、日々鍛錬は怠っていないため、素晴らしい肉体を持っている。そしてなにより、ズールイたち騎士は正直なところ勝てたためしがないほどの実力者。
そんな男がカテリーナの試験官をするともあれば、ズールイだけでなく、他の騎士たちも慌てたことだろう。しかし、受ける本人は経歴を知らないためか、けろりと受けてしまった。
「それでは、失礼します。……父上と母上の結婚の件に関しては謝罪します、ごめんなさい」
そう頭を下げたカテリーナは早々に部屋を退出した。そして、書斎はアレハンドロとズールイのみになり、少しの間沈黙をしたが大きな後悔するような溜息によってそれは破られた。
「はぁあああ、こうなるとはな」
「大将も若も感情のまま決めちまうのもどうかと思うぞ。まぁ、若の場合は敢えて丁寧にしてた分、感情を抑えようとしてるようには見えたが……」
「お前の目にはそう見えたか。俺は内心いつケイに『もうこの家から出ていく』と言われてしまうかひやひやしてたんだがな。余裕なんてものはなかったぞ」
あの子の行動力ならきっとやってしまえそうだという言葉にズールイも否定はできなかった。もし、出ていくと言われた場合、血も繋がらないため、引き留められないんじゃないかともアレハンドロは思ったらしい。しかし、ズールイからしたらその、出ていく確率自体はカテリーナのことを見ていれば、だいぶ低いだろうと考えられた。
「それにしても、ミンシュエンに頼むのはやり過ぎだろ。俺が龍国に居た頃にこっちに来たらしいが、抜けてなお、伝説であり、恐怖の対象だったぞ」
「そのぐらいしないとあの子は止められんだろう」
「いや、まあ、確かにそうかもだがな」
「大丈夫だ。ミンシュエンにはあまりに状況が酷い時はやめるように言っておく。それにしても、ケイはよほど女の子扱いが嫌いなのだな」
容姿も整っているのだから、いくらでも可愛くなれるだろうにと零したアレハンドロにそれは違う名とズールイが答える。
「恐らく若は女だからと言われたり、強要されるのが嫌なんじゃないか? そうであらねばならないという価値観が。なんとなくだが、そんな気がする。ほら、あれだ、大将なら、王の嫡子であるならば、王にならねばならぬ、みたいな」
「…………」
「大将、その顔、あの時の若と一緒だぞ」
例えにムスッとしたアレハンドロにズールイは苦笑いを零し、指摘してやる。それに気づいたアレハンドロは目元を揉みながら、溜息を吐いた。
「奴らのようになるまいと思っていたのだが、そんなに押し付けていたか」
「まぁ、あの女児たるものの演説はそうだろうな」
「うぐっ、そ、そうか」
ズールイの指摘にアレハンドロは酷く落ち込んだ。暫く落ち込んでいたものの、なんとか立て直し、これからのカテリーナについて話し合いを始めた。なんとか、騎士など彼女が武器を手に取る気がなくなるようにと。
一方、カテリーナは書斎の隣部屋にあるメルセデスの作業部屋を訪れていた。部屋には仕立て道具や様々な生地が整理されて出番を今か今かと待っている。その中で、メルセデスは何着か出来ている服を取り出している。カテリーナは用意された椅子に腰かけ、メルセデスを見ていた。
この部屋もそうだが、書斎も屋敷内のどの部屋も遮音魔法や防音がされていない。通常、聞かれたくない場合は遮音魔法をかけたり、遮音魔法が発動する魔法具を使用したりする。しかし、この部屋も書斎もそういったものはしていない。つまり、聞こうと思えば隣部屋の会話を聞くことができる。
そもそも、言い合いをしていたため、自然と声が大きくなるのも当然のことで、聞こえてないということはない。しかし、この部屋は生地が多くあるため、若干は聞こえ辛くなってるのではないかとカテリーナは考えるが、それはあくまで希望にすぎない。それもあって、カテリーナはどう言葉を口に出そうか悩み、沈黙が続いているのだ。
「ケイ、ちょっとこれを合わせてみてもらえるかしら」
「え、これ」
「明日ぐらいから始めるのでしょう? だったら、動きやすい服を準備する必要があるわよね。私、初めて作ってみたのよ、どうかしら」
先に声をかけたのは服を取り出していたメルセデス。試しに作ったといってカテリーナに渡したのはいつも作っているドレスやスーツではなく功夫服だった。グロリアレイノでは使用していない服。それなのになぜかと詳しく聞けば、カテリーナがミンシュエンに鍛錬の方法を聞いていたのを見て、彼に動きやすい服を尋ねたそうだ。そして、ミンシュエンはそれならばと龍国ユウヤバオユの服を提案されたのだという。カテリーナもよく、ミンシュエンから話を聞いていたし、彼の休日の服もこれであったから、カテリーナの前世でいう中華系のようだ。それにしても、母上に見られてたのかとちょっとショックを受けながら、カテリーナは渡された功夫服に手を通す。
「裾や袖はもう少し上げた方がいいわね」
「あの、母上」
「他に気になる所でもあるかしら」
「いや、そうじゃないけど、その、ごめんなさい」
「何のことか私にはわからないわ」
「父上との結婚の……」
「あぁ、それね。別に気にしたくても大丈夫よ。私も同じように思ったのだから」
功夫服を調整しながら、メルセデスは語った。別の病の時に医師のスキルで診てもらった際に妊娠ができないことが判明した。それ以来、家族には使えないものとして忌避された。それからしばらくして、アレハンドロとの結婚が決まったらしい。数度会って、優しい人だから噂やそういう話を聞いて憐れに思ったのねとその当時は思っていたらしいがそれはすぐに払拭されることとなった。
ただ単にアレハンドロがパーティでメルセデスに一目惚れしていたこと、当時の第二皇子派がメルセデスが妊娠できないことを掴み、これ幸いと彼女を推薦したこと、既に使えないとみなしていた娘が大きなものを釣ったことに喜んだ両親により、メルセデスの知らぬ間に成立した。それは全て結婚してから知った。
「あまりにもあの人が、これはどうだ、あれはどうだ、と言ってくるものだから、『憐みならよして』と言ってしまったの」
「それで、父上は」
「そしたら、『憐みなどではない! 俺はメルセデスを愛してるんだ!』って顔を真っ赤にして叫んだのよ。そこからね、ゆっくりと互いに歩み寄っていったの」
「そっか、そうなんだ」
コロコロと笑いながらいうメルセデスに自然とカテリーナも笑みを浮かべていた。
それから、他にも作っていたらしい功夫服を試着、調整しながら、メルセデスとカテリーナの2人は会話を楽しむ。
「ところで母上は反対ではないの?」
「勿論、反対だったわよ。我が子が傷つくのは嫌なものよ。でもね、ミンシュエンと話してる時のあなたの顔はとっても、生き生きとしてたから、その顔が曇るのはもっと嫌って思ったのよ。だから、やるからにはアレックスを越えるくらいに強くならないとダメよ」
「うん! 僕、頑張るよ」
カテリーナは心強い味方を手に入れた!
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