願望への一歩

 ある日のカテリーナの自室。ここは赤子の時から既に与えられており、始めこそはベッドと机などの調度品だけだったのだが、父の書斎から拝借した本や買ってもらった本、ただの木の棒から細く加工してあるものなどが転がっている。


「うーん、そろそろ外とかで鍛錬したいけど、父上たちをどう説得するかだよな」


 でも、筋トレや素振りだけというのも正直飽きたんだよなとカテリーナは唸る。前に一度、それとなく鍛えることを聞いてみたが、結果は芳しくはなかった。

 いっそのこと皆が寝静まっているときに抜け出してやるかとも考える。今は魔獣も少なく警戒度も低い。交代で巡回をしているが、その合間を上手く抜けれれば気づかれることなく外には行ける。ただ、庭でやれば安全だが、バレるのも早そうだ。少々危険だが、森の中に足を踏み入れる必要があるかもしれないなと窓の外に見える森を見つめる。入り口付近であればとも思うが、最悪を想定しておくのが間違えないだろうと考え直し、情報収集をしっかりしてから実行することに決定した。




 決行日。騎士たちの巡回ルート、時間は確認済み。森までの道も確認してあるし、持ち物は最小限にして、早く動けるようにもしている。更に持ち物には最悪の時、逃げられるようにと煙玉やら攪乱アイテムを入れている。普通に正面や厨房の勝手口を利用すると見つかる可能性が高いこともあり、騎士たちの生活スペースから出ようと計画している。カテリーナたちが澄んでいる屋敷は主人たちの生活スペースと従者の生活スペースがくっついた形になっている。簡単に言えば、2つある屋敷が渡り廊下でくっついていると言えばいいだろうか。ともあれ、騎士たちの屋敷の方は1階が厩で2階3階がそれぞれの自室があるというものだ。食堂や浴室などはカテリーナたちと共同だ。騎士達側と言っても出入りには最善の注意が必要となるが、そこもきちんとチェック済みである。


「見回りも出たし、この時間なら、大丈夫」


 動線も確認してあるため、スムーズにドアのところまで誰にも会わず辿り着くことができた。この世界に防犯カメラがなくてよかったと思いつつ、ドアを引き、外に出る。


「ブッ!!」


 何かにぶつかった。そこに何かがあるなんて知らなかったカテリーナはその何かを下から上へとみて逃げだす。


「コラ、若!! 待て!!」


 待てと言われて待つはずがないという前に何かこと騎士団副団長のズールイにカテリーナは捕まった。身長が高く、体格も団長であるセバスチャンよりも筋肉質なズールイからそもそも逃げられるはずもなく、取調室ズールイの自室へと連行されることとなった。


「で、どこに出かけるつもりだった」

「……ちょ、ちょっと散歩に」

「ほーう、今は夜だぞ。ただでさえ、魔物が活発になる時間だってことは若だって知ってるだろ」


 紺色の髪から覗く金色の蛇目がカテリーナの返答にキラリと光る。それにカテリーナはサッと目を逸らした。自分が危険なことをしようとしたのをわかっているから余計だ。


「若、正直に言え。大体、お前がチョロチョロなんかを調べ回ってたのに気づいてんだからな」

「……強くなりたかったから」


 ぼそりと零した言葉はしっかりとズールイの許まで届いた。その言葉に予想通りかとカテリーナに気づかれないように溜息を吐く。

 本当に気づいてないわけではなかった。自分たち騎士の鍛錬の様子を観察するように見ていたのも知っているし、彼女が内緒でトレーニングしているのもなんとなくわかっていた。もしかしたら、そろそろと思っているところにチョロチョロと巡回の時間やルート、屋敷内の動線をチェックするカテリーナを見かけるようになった。これはどうにか外に出ようとしているなというのはそれ以前のことを見ていればわかることだった。とりあえず、その時はアレハンドロには報告せず、カテリーナを泳がせておいたのだ。


「今日はもうここで寝ろ」

「ヤダ」

「ヤダじゃねぇんだよ」


 ねんねしましょうねーと笑いながら、ベッドに転がされ、布団をかけられるカテリーナ。抵抗を必死にするが悲しきかなズールイに敵うはずもなく、されるがままだ。そして、優しくとんとんとリズムよく叩かれ、眠くないのにと文句を口にしていたが、次第に小さくなり、寝息となった。深く寝入ったのを確認して、ズールイはやれやれとカテリーナを眺める。

 恐らくというよりも間違いなく、あのまま自室に返していたら警戒はもうないはずだとその日のうちに挑戦しただろう。それを防ぐためにズールイ自身の部屋を使用したのだが、こうも簡単に寝られてしまうとそれはそれで心配にもなってくる。


「……庭じゃなくて、これは森に入るつもりだったな」


 動こうとしたら、カテリーナにしっかりと服を掴まれていることに気づいた。しかし、ズールイは特に気にせず、カテリーナの持っていた荷物をチェックする。そして、間違いないだろう答えをどう主人であるアレハンドロに報告したものかとも悩む。これだけ、しっかりと準備しているとは思いもよらなかった。


「ちょっくら、若の部屋も探っておくか」


 そっとカテリーナの手を外し、彼女の歳なども考えて机だけ探ったズールイはさらに出てきたものに苦笑いを零した。しかし、これは黙っておくとして、今日のことをそのまま報告しておこうと考え、簡単にアレハンドロに報告しておいたのだが、彼は「わかった」と答えただけで、ズールイを下がらせた。妻のメルセデスとアレハンドロは何か会話をしている様子をちらちとみたが何を話しているのかまではズールイにはわからなかった。




 翌朝、アレハンドロからカテリーナに特大の雷が落とされることとなった。

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