魔族の目
我慢ができなかった。いや、あの自覚から8年は我慢した。自分について聞きたいことを聞かないように。なんで期になんでと尋ねてもよかった。けれど、はぐらかされそうなそんな気がしたから、適当なことをなんでと質問した。非常にもどかしい。5年ほどは周りの情報収集に、2、3年の間は買ってもらった本を読み漁り、世界観の、現状の把握に努めた。
文字などは既に脳が対応しているようで、特に苦労することなくすらすらと読み進めることができる。けれど、あまりにも難しい本や言葉を読んでしまうのはおかしいとカテリーナは考え、ある程度は尋ねるようにしていた。
しかし、我慢ができなかったカテリーナは尋ねることにした。8歳だ。気になってもいいだろう。そして、現在、カテリーナは父アレハンドロの書斎で両親にそれを尋ねていた。
正直、二人の顔を見て、自身の顔を見てるとアレハンドロに顔は似ているようだが、髪や目の色なんて全く違う。隔世遺伝ということもあるが、一番大きな疑問はカテリーナの目について。角膜は赤というよりも深みのある紅。右目はその紅に結膜は黒かった。
理由も合わせて告げれば、当然のことだが、アレハンドロとメルセデスは何とも言いにくそうな顔をした。
「父上、母上」
「……うむ」
僕は聞く覚悟があるよと目で訴えかければ、アレハンドロとメルセデスは互いの顔を見合わせ、頷く。
彼らもいつかは言わなければならないと思っていた。しかし、こんなに早く尋ねられるとは思っても見なかった。それでも、カテリーナに「聞きたいことがある」と言われたときに薄々そのことではないだろうかと感じていた。
「聡いケイであれば、ある程度は気づいているのではないか?」
「……僕はお二人の実子ではないよね」
「うぬ、その通りだ。お前の母メルチェは、子が生めん体だ」
「だからと言って、どこからか拐かしたわけでもないでしょ。父上たちがそんなことをするとは思ってわないし」
「あぁ、そのようなことはしておらんさ。こちらに来て、数か月後に森の中で泣いているケイを巡回中だったセバスたちが見つけた。正直なところ、子供が欲しくないわけでもなかったからな。ケイを養子として迎え入れたのだ」
「そっか、ちょっとホッとした。でも、僕の目、変わっているから驚いたんじゃ」
自分でもその点は気づいていると心に込めて尋ねたが、二人は驚いただけだと告げた。そして、アレハンドロから赤目は魔族の特徴であると伝えられる。
「魔族……敵対関係がある?」
「いや、それはないな。現在魔族はエルフと共にどこかに隠れ住んでいるらしい。それに我々の方に危害を与えるつもりもないようで、王都などにもごく少数ではあるが魔族も住んでいるようだしな」
自分が捨てられた理由はそこにあるのではないかと思って、口に出してみたが、どうやら敵対関係にはないようだ。それに少々カテリーナは残念に思う。いや、争いがないのは非常にいいことなのだが、かつて読んでいた話では大概は魔族と対立していて……というのが当然のように設定してあった。だが、これはあまり見ないパターンだなとアレハンドロの話を聞きながらカテリーナは後回しにしていた魔族とエルフについて調べてみようと頭のスケジュールに書き込む。
「とはいえ、俺達は魔族の特徴を辛うじて知っていたから驚くだけで済んだが、ケイには悪いが知らぬものからすれば不気味に思うやもしれん」
「だから、お客さんがある時は僕は部屋にいるようにと言ってたんだね」
「ごめんなさいね。私たちからすれば、ケイの目は宝石のように綺麗に思うのだけど」
「母上、そういう気持ちだけで十分嬉しいよ。だって、僕のことを想った上だもん」
不気味だということに否定はしないとカテリーナは頷いた。カテリーナ自身、かつての読み物で似たような目の存在を知っていたため、驚くぐらいに留まったが、そのような目の存在を知らなければ、不気味に思ったことだろう。
「魔族に関してはセバスの方がもう少し詳しいのだが――」
あいつを呼ぶかと続けようとしたその時、コンコンとノックの音。お時間よろしいでしょうかとかけられた声は丁度呼ぼうとしていた騎士の声。
「入れ」
「失礼いたします。……もしや、何かお話し中だったのでは?」
「それは後で話す。用件はなんだ」
「……また例の如く王家より要請です」
アレハンドロの許可を得て、部屋に入ってきた騎士セバスチャン。殆どの人はセバスと呼んでいるこの男はアレハンドロの保有騎士団の団長でもある。淡い緑色の髪に青く澄んだ目をした美少年なのだが、カテリーナが赤子の時から容姿が変わっていないこともあって、純粋なエルフ疑惑がある。しかし、当の本人は頑なにエルフと人のハーフであると純粋ではないと否定し続けている。きっと隠したい何かがあるのだろうとは考えるが、やはり気になるモノは気にあるというものだ。
そんなセバスチャンが苦いというよりも疲れた顔をしてアレハンドロに王家からの手紙とその内容を差し出した。その内容には三人もまたかという顔。カテリーナよりも2歳年上らしい王女に偶々業務連絡のためセバスチャンが行った際、気に入られてしまったようで、特に用事もないのに王都へと頻繁に呼ばれている。8歳のカテリーナですら、またかと思ってしまうのだ。王命で呼びつけられるセバスチャンは堪ったものじゃないだろう。
そのせいもあって、騎士団団長でありながら、その身は殆ど王都にあるようなものだ。カテリーナとしては正直、関わりを持てないし、疑惑追及もできないので面白くない。
「セバス、すまんが」
「はい、承知しております。ですので、2、3日後には出立いたします」
「あぁ、よろしく頼む」
アレハンドロの言葉にこくりと頷いたセバスチャンは所でお話があったのではと当初の話を切り出す。それにカテリーナ自身が、魔族について聞きたいのだと告げた。
「魔族についてとなりますと、もしや若に話されたのですか?」
人間の歳で8歳では自身のことを理解するには些か早すぎるのではと言わんばかりのセバスチャンにアレハンドロとメルセデスは苦笑いを零すほかなかった。しかし、ここに座ってと自分の隣を叩いて、座ることを要求しているカテリーナを見て、若ならありうることかと納得した。本来であれば、隣に座ることなどできないカテリーナの隣に座り、魔族について己が知ることを教えた。ついでに何故かエルフについても。
まずは特徴の目。色が明るいほど、下級に属する。つまり、カテリーナは深い紅なので上級に属している。ちなみにエルフは色が澄んでいる方が上級となる。
「つなり、セバスはエルフとして上級であると」
「いえ、私の場合はたまたまですので、そちらには関係ありません」
相変わらずエルフに関してはバッサリと斬る。それから、カテリーナの右目はその上級の上、最上級魔族にでる特徴らしいが、成長すれば左目と同様か両目とも別の色に擬装できるだろうと言う。勿論、下級魔族であろうとも擬装できるようにはなるらしい。そうなれば、魔族であることを隠すことも容易である。
目以外に特徴は現れるのかと問えば、答えは級位によるということ。カテリーナのように級位が高ければ、大きな特徴は出ないらしいが、低くなれば魔力の貯蓄機能として角や翼、尻尾が生える者がいるらしい。
エルフは耳に円かが出るようで耳輪が尖る。これについては魔族にも多少それが出ることもある。現にカテリーナも少しだけ尖っているがそれは言われなければ気づかないレベルの差異だ。
「うーん、セバスの耳は丸いよな」
「ですから、何度も申し上げているでしょう」
「でも、その耳飾りはいつもつけてるよな」
怪しいとそういうカテリーナにセバスチャンは一瞬だけ目を逸らした。それを目敏く見てしまったカテリーナはおやおや、どういう事かなとセバスチャンに迫る。お守りですよというセバスチャンに本当~? とからかい交じりに言えば、そうですともそうですともと自分に思い込ませようとしているようだった。
「ケイも寂しいのね」
「そりゃあ、そうだろうさ。セバスも家族だからな」
魔族やエルフの話をそっちのけでセバスチャンで遊び始めたカテリーナにメルセデスとアレハンドロは笑みを零した。
所属騎士たちはアレハンドロにとってはかけがえのない家族だ。だから、食事も共にするし、一つ屋根の下に暮らす。
「きちんと帰ってくること、いいね」
「勿論です、私の家はココですから」
王女や王に靡くことはありませんとカテリーナの言葉にしっかりとセバスチャンは頷いた。
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