若とその周り
転生したらしい
どこからか歌が聞こえる。優しい歌。
「あら、お目覚めかしら。もう、熱もなさそうね」
目を開ければ、目の前には優しげな女性。陽の光にキラキラと輝く水色の髪に橙の目。優しく触れるその手はとても温かかった。
声を出そうとして、はたと気づいた。何かがおかしい。頭では言葉が浮かんでいるのに口から出るのは「あ」だの「う」だのという言葉にならない音ばかり。加えて、体もおかしいことに気づく。どういうわけか起き上がれないため、手をグッとあげてみると、目に映ったのは小さなぷくぷくとした手。赤ん坊の手だ、これ、と気づけば余計にわからなくなった。無意識にあうあうという赤子に女性はどうしたのと優しく呼びかけるが、赤子はそれどころではない。
「お腹が空いたのかしら、それとも喉が渇いたのかしら。あぁ、他に何か必要なことは、なに? どうしたらいいかしら」
どうしましょうと慌てる女性を見て、赤子は逆に落ち着いた。
(そうか、僕は死んで、ココに転生したのか)
慌てる女性はメイドか何かだろうと改めて、観察する。しかし、どうにも違う。メイドっぽい格好ではないし、慌ててるとはいえ、所作が洗練されていて綺麗だ。もしかしたら、母親か、それに従ずるひとなのかもしれない。
「メルチェ、俺たちの可愛いお姫様はお目覚めかな?」
「ああ、アレックス、丁度良かったわ。目が覚めたのはいいのだけれど、ケイが何かを訴えてるみたいなの。でも、私にはどうすればいいのかわからなくて……」
「ふむ、そうか」
赤子――ケイを覗き込む男性アレックスは金髪に緑色の目をした整った顔立ちをしていた。身なりも綺麗にしているが、貴族というにはがたいが良く、騎士と言われた方が納得できそうだ。
覗き込むアレックスの目に移る自分の姿にケイは幼い手を目の傍に持っていきつつ、首を傾げる。
「ほう、もう自分の姿が気になるのか?」
面白い反応をする子だというようにアレックスは笑うと、メルチェに手鏡を所望する。
「これで、お顔が良く見られるかしら」
「見られるだろうさ。なんたって鏡に映ってもケイは愛らしいからな。好きなだけ、眺めるとよい」
鏡を見せてくれるメルチェに心の中で礼を告げ、ケイは自分の顔を観察する。しかし、うんうんと頷きながら言ったアレックスの言葉にスンッと真顔になった。そういうつもりじゃなかった。ただ単に異世界の自分の顔が気になっただけと心の中で言い訳をする。勿論、メルチェやアレックスには聞こえていないので、興味を失ったかのようなケイの表情に彼らは首を傾げるのだった。
あの日から、5年。5歳になったケイは5年の間に見聞きしたことをおさらいする。
ケイ。これは愛称で、本名はカテリーナ・デ・ルシエンテス・イ・ベージョティエラ。本来はベージョティエラではなく、スーシオバスラというのが正しいらしい。けれど、これは王都で使用される蔑称でもあったため、領主である父が改めたらしい。
また、ケイが愛称なようにメルチェやアレックスも愛称だった。本来はメルセデスとアレハンドロらしい。とはいえ、屋敷に住む人たちは多くない上に騎士たちが多いこともあって名で呼ぶことは殆どなかった。そのため、知るのに時間を要してしまった。
アレハンドロは領主であり、カテリーナのいる国グロリアレイノの公爵という地位にいる。本来であれば、王都で政務に携わったりなどして裕福な暮らしを送れているはずなのだ。しかし、彼らが住んでいるのは龍国ユウヤバオユと獣国フォルサビショと接する国境の領地スーシオバスラ。生息する魔獣が強力で隣国も中々近づけない魔の領地。そのため、領民も少ないという。街は大小合わせて3つ。小さな村などはそれよりも多く点在しているらしい。
「……転移魔法陣が備えつけられているとはいえ、中々に酷い土地だな」
カテリーナたちが住んでいるのは望遠魔法で3つの街が望める山の上。元々は国境から攻めてくる敵がいないか見張るための屋敷だったらしいが、今は領主の屋敷として使用されている。カテリーナの言葉の通り、転移魔法陣が備え付けられており、有事の際にはすぐに各街に飛ぶことができる。一応、各街にも領主館があるのだが、そこではなく、現在の場所と決められてしまったようだ。周りに危険な魔獣が出る森があるというのに、早く死ねと言わんばかり。そのことに気づいたもののそれを尋ねるには今は些か不自然な気がしたため、カテリーナはその疑問に口を噤んだ。
「あ、お嬢、ご飯だぞ」
「お嬢は嫌! 若にして!!」
「はいはい、若な、若」
「うん!」
後々、両親のことは調べることを頭に記録しながら歩いていると通りが勝った騎士に食事時であると告げられる。しかし、それよりも呼称に対して、ケイは異議を唱えた。お嬢というのはこれからの自分のことを考えると合わない気がするし、若と呼ばれる方がカッコいい気がするからだ。それ以外に理由は特にない。一時期は貴族だから女性らしくとも考えたが、他の貴族たちとの交流は殆どなく、アレハンドロやメルセデスも狩りや衣装制作など自由に暮らしているのを見て、カテリーナも自由にすることに決めた。自分らしくいくというのが今のカテリーナの心情だ。
しかし、いつ何が起こるかわからないため、騎士やメルセデスらから立ち振る舞い方など身分に相応しい礼儀作法と知識は少しずつ教わるようになっていた。
「ケイは騎士になりたいのかしら」
「どうだろうな」
「だって、彼らの訓練を真剣な目で見ているのよ」
「ここはあまり興味を引くものがないからな。一番身近だからこそ、気になっているだけだろうさ。もう少し大きくなったら、どうしたいか聞いてみようじゃないか」
「そうね、急ぐことでもないわね」
ふふふと笑うメルセデスにアレハンドロは庭で騎士たちに遊んでもらっているカテリーナを眺め、ああしていると子供だなとぽつりと零した。普段、カテリーナは子供っぽい言動をしているが、ふとした瞬間や誰もいない時に大人びた表情をする。見間違いかもしれないがと妻の入れてくれた紅茶を口にした。
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