エンドレスサマーエンド
宮野原 宮乃
一日目
飛行機に乗って二時間半、タクシーに乗っておよそ十分、高速船に乗り換えて一時間、おまけに港から送迎のライトバンに乗せてもらって状態の悪い路面を揺られること十分。
「着きましたよお二人さん。疲れですね」
運転席の男が後部座席に声をかけると、ひとときの眠りを享受していた二人がもそもそと動き出す。
ここに来るまで、少し遠かった。二人はドアを開けると転げ落ちるように車から降りた。
実際にスーツケースは転げ落ちて草むらの上を滑る。
滑り落ちたスーツケースを立て直した彼の眼前に、平屋の白いコテージが姿を現した。
……ネットで予約した時に見た物件の写真よりも、ずっと良い。
築年数は結構経っているようだが、禿げた塗装をまめに塗り直した痕跡があり、愛着を持って扱われてきたことが見て取れる。
オーナーのおじさんは立ち尽くす彼を追い越してコテージのカギを開ける。
「さあ、中へどうぞ」
言うが早いか、彼女はコテージに飛び込んだ。
「わぁ……」
思わず声が出てしまう。
斜めに差し込む午後の日差しが、レースのカーテンに遮られて優しく室内を包み込んでいた。
九月も半ばに差し掛かり、オーナーが開け放った窓から流れ込んできた風が強い日差しと混ざり合って心地よい空気を作る。
「見つけるのに結構苦労したんだぜ」
彼は少し得意げに言いながら二人分の荷物を車から運び込んだ。
連れてきてくれたオーナーのおじさんも無言で微笑む。と、
「お二人のお邪魔になっちゃ悪いので、手短に注意事項だけお伝えしますね」
「はーい」
彼女は笑顔で手を振った。
「えー、灯りのスイッチは部屋に入ってすぐの、ここ。ガスコンロは二口でプロパンです。お風呂はシャワーだけです。離島では水が貴重なので出しっ放しにしないようお願いします。クーラーはありますが、使う時は一日につき五百円いただきます」
「涼しいからクーラーいらないんじゃない?」
「気温はまだ高いけど湿度が低いからね」
「台風さえ来なければ、八月より快適でおススメなんですよ、今の時期の方が」
「台風!だから部屋が空いてたんだ」
「運が良かったな」
「では私はこれで失礼しますね。明々後日の午前十一時ころにお迎えに上がります」
オーナーさんはおじぎすると、コテージを出て行った。
二人は一通り荷物をバラすと、まず設備を確認してみる。
東側の玄関から入ってすぐ、右手にトイレとシャワールーム。オーナーが言った通り湯船は無かったが、湯舟がない分バスルームとしては広かった。
玄関から数メートル進むと十二畳程度のリビングルームがあり、二口のガスコンロつきキッチンが併設されている。空だったが、冷蔵庫も置いてあった。
窓は西側と南側にあり、開け放たれた南側の窓から涼しい風が流れ込んできて心地よい。
窓の外はウッドデッキのテラスになっていて、直に出入りできる。テーブルと椅子二脚があり、
「食事を作ったら、ここから外に出てテラスで食べられるね」
彼女が目を輝かせた。
オープンテラスのレストランのような作りは、誰しも一度は憧れるだろう。
テラス脇に自転車が一台。これも自由に使って良いらしい……が、変速なしの年季が入ったママチャリでは買い出しするのも大変そうだ。
寝ぼけていてうろ覚えだけど、港からここに来るまでに集落を見かけた気がする。
買い物ができるかもしれないが、自転車で行くには距離がある……
とりあえず買い物の話は頭の隅に追いやって、引き続き設備を確認する。
リビングルーム北側のドアの先は六畳のベッドルームに繋がっていた。
窓は西側に一つ。エアコンはリビングにしかないようで、そこだけが不満か。
熱帯夜にならないといいけど……今日の気候から判断するに、たぶん大丈夫だろうとは思う。
ベッドルームのウォークインクローゼットを開くと、トランプや遊び方がよく分からないボードゲームなどいくつかしまってあった。
二人では持て余しそうだ。
「ねぇ、これからどうしようか」
彼女はベッドに倒れこむと、シーツに顔を埋めて目を閉じた。
彼もあくびをしながら腰を下ろす。
「どうするか」
「このまま眠ったら気持ちいいと思わない?」
「移動時間が長くて疲れたな。座ってるだけなのになぜこんなに疲れるんだろう」
「……」
ふと見ると、彼女は静かな寝息をたてていた。
彼は苦笑いしながら横になった。疲れのせいか、急に睡魔が襲ってくる。
静かに目を閉じると、睡魔を抱きしめて受け入れた。
わざわざ訪れた旅先で、ただ眠くなったから眠る。
とても贅沢な時間の使い方をしているな、それが最後の思考だった。
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