第9話
結局、帰宅が遅すぎると言われて母親に怒られてしまった。それでも、昨日のことはよい思い出だ。
僕はそのときの彼女のもの言い草を思い出してまた苦笑してしまった。
いつもどおり、ぼくは文芸部室の前に立つ。しかし、いつものような入るまえから「どうぞ」と声がかかることが無い。また眠ってしまっているのだろうか。
「入りますよ」
僕は声をかけて扉を開ける。
笹谷有紀は自分の机の上でなにかを悶々と考えていた。
「大丈夫ですか?」
「……ああ、君か」
近くによって声をかけられてることで、彼女はこっちに気づいた。
「なにをそんなに考え込んでいるんですか?」
「いや、一つ足りないんだ」
「足りない?」
笹谷有紀は頷くと、机の上の書類の山から、写真を一枚よこした。
「これ、盗まれた絵画の写真ですか?」
まえにも見たことがあるが、何回見ても慣れない。パズルのようにきっちり四つに分かれた画面の中に、別々の絵が描かれている。
「ところでだ」
「なんですか?」
「この絵を見た率直な感想を言ってくれないか?」
「いきなりですか!? 僕何もわかりませんよ!」
そう言っても笹谷有紀は有無を言わさない顔で、僕を見つめている。仕方なしに僕はもう一度絵を見る。
最初に目にとまるのは抽象画のようななにかだろうか。よく見れば建物のように見えなくも無いが、色の配置がともかく目を引く。
ベースは灰色の建物と大通りのようななにかだろうか。だが上に黄色やら赤やら青やらいろいろな色があるせいで、原形をとどめていない。それでいて大通りの奥行きは残しているのだから、余計よくわからない。
次に目にとまったのは猫の絵。白毛に緑目の猫を描いただけのものだが、毛の一本一本まで細かく描かれている。鼻や口の凹凸もよく表現されている。まるで生きているかのような絵といえばいいだろうか。素人目にはいいものに見える。
最後に目が行ったのは風景画だ。どこかで見たことがあるような和やかな田園風景の絵。前面に田園が描かれている。その奥には水車小屋のようなものが描かれて、あとはただ、雲がゆっくり流れていく青空が描かれているだけだった。そんなただの風景が、透明感を感じさせる。そんな絵だった。
「……といった感じですかね」
「なるほど、やはりそうか」
「どういうことですか?」
「絵の問題だよ」
いわく最初の二つは油絵・最後の一つは水彩画なのだという。絵の印象の違いからそうなのでは無いかと思い、調べてみたらしい。
「でもそれだと、一つ足りない」
なるほど。確かに、一つ足りない。
「足りないのはおそらく川本光です。今回の場にいませんでしたし、誰も言いませんでしたからね。だから犯人ってことは無いと思います」
「大丈夫。彼女を犯人と考えてしまったら、ミステリの御法度だ」
いかにも彼女らしい発言に、僕は笑った。
「ところで、体験部員の証言はどうだったんだい?」
「ああ、確かにその彼は、荷物の運び出しを手伝っていました。でも、絵画は無かったそうですよ」
「そうか……ちなみに何を持ち出したんだ?」
「ええと……台と絵を描くための紙のようなものが一枚、あと、学校で使うような絵の具だそうです」
「そう、か……」
笹谷有紀がそこで急にうつむいた。
「どうしたんですか」
「まさか……そんなことが……」
そこで黙ってしまった。
「あの……」
「なあ、頼みがある」
笹谷有紀はそこで顔をきっと上げて、僕を見た。その頼みは、僕にとって、不可解なものだった。
でも、それを口にした時の笹谷有紀の顔が、あまりにも真剣だったのだ。だから僕は、その他のみを聞いた。
そして今。僕は屋上にいる。
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