第32話・反撃と停滞とー4

「もしかして‥‥‥」

 その様子を見ていた希は、睦美とは別の何かに気が付いた。


「ん?、どうしたの」

 小声で囁いた希の声を香織が拾った。

「あ、ううん、なんでもない」


 希のその閃きは、今後役に立つのかどうか判らなかった。

 その為、今この場でいう事でもないか、とも思った。

 変な事言って、バカにされたら‥‥‥そんな気持ちもあった。


 睦美は踵を返すと、宗史達の元に戻ってきた。

「ごめんね、待たせちゃったね。じゃあ行こうか」

「相良、お前何を確認してたんだ」

「後で話すよ」


 宗史は納得出来なかったが、先へ進む睦美の迫力に押されて、教室を出ることにした。



「ねえ、どうしようか」

 美香は視線を落とした。


 皆も同様に視線を落とす。


 そこには、ついさっき命の灯を消した、かつてのクラスメートが横たわっている。


「放置って、可哀そうだよね」

 美香の言葉に皆が頷いた。


「せめて教室の隅に‥‥‥」

 そう言ってしゃがみ込んだ壮太と冬人に、遠くから女が声を上げた。


「そのままにしておいて。君達が出ていってから、こちらで処理するから」


「処理って‥‥‥」

 普段、気丈な香織も、その言葉には目を潤ませた。

 悲しみと、怒りの入り混じった、複雑な感情だった。


 壮太もその場で立ち上がり、顔を真っ赤にして女の方を睨みつけた。


「勘違いしないでね」

 今にも飛びかかってきそうなそれぞれの表情を、それでも至って冷徹さを崩すことなく女は言った。


「素人に勝手に動かされて、損傷したら困るの。ちゃんとご遺族に、綺麗な体でお返しする義務が、私共にはありますので」


 どこまでも淡々と語る女に、我慢の限界を超えたのは香織だった。

 女の元に駈け出そうとする香織を、壮太と冬人がその両腕を抑えた。


 無言でそれを振り解こうとする香織を抑えるのは、男二人でもやっとのことだった。


 やがて、香織は落ち着くと、やっとの思いで

「分かった。分かったから離して」

とだけ言って、その肩を大きく振った。

「あんたらは許さないから。行こうみんな」

 グレースーツのその女にそれだけ言うと、そのまま廊下に向かっていった。

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