第31話・反撃と停滞とー3

「いいさ、見てろよお前達」

 そう吐き捨てると、逃げるように海は廊下を出ていった。


 壮太も、睦美も、あの美香でさえも、それを制止しようとはしなかった。


 良心の痛む者もいたが、それ以上に、先程の発言は許せるものではなかった。


 しんと静まり返る室内。


 その静寂を破ったのは、冬人だった。

「福山君も、一緒に、どうかな」

 俯いていた赤司あかしは、ゆっくりと顔を上げた。


 その提案には壮太達も少し躊躇した。


 先程、並樹を一目でがんと診断した赤司。

 その存在は不気味だった。


「わ‥‥‥僕は」

 その空気を察して、赤司が口を開いた。

「僕は、医者になりたくて、それで独学で‥‥‥」


 その言葉を制したのは壮太だった。

「ごめん、なんか、一瞬でも君を疑ったというか、その」

「ごめんね、私も」

 香織が続けて謝った。


「もういいじゃん。ね、福山君もいいよ、ね?」

 その重たい空気を割いてくれたのは美香だった。


 それまで、現状を受け入れるのに必死だった冬人の感情が、少しの間、自分が美香を好きだったことを思い出させてくれた。

 やはり美香は、誰にでも優しいと、少しだけ嫉妬しながら。


 そんな冬人の表情を横目に見ながら、のぞみもまたその目を潤ませていた。



 この時、睦美は次の行動に出ていた。

 先程からこちらの様子を、教室の前から腕を組んで眺めている女の元へと歩み寄っていく。


「おい、相良さがら、何を」

 宗史は声を掛けたが、睦美は立ち止まることなく、女の前に立った。

「聞きたいんだけど」

「何かしら」

 女は相変わらず、その表情を崩さない。


「確かめてもいいかな」

「あら、何を?」

 睦美は、女の胸元に、その手に握ったナイフの刃先を向けた。


「ホントに、そのバッジを付けている人から奪えないのかどうか」

 睦美がそう言うと、女は目を閉じ、両手を広げて、どうぞという仕草をした。


 そのまま、睦美は刃先を、女の胸に沈めた。


「納得したかしら?」

「ええ」


 時間にして五秒くらいだろうか。

 睦美は、刃先が見えなくなるまで女にナイフを押し付けた。


 それでも、目の前の女に、何の変化もない。


 睦美は、ナイフを抜き取ると、今度は誰にも聞こえない様に、女の耳元に顔を寄せると、小声で質問した。


「そうね、その通りよ」

 女はそれだけ言うと、再び腕を組んだ。

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