第23話・予想外の伏兵-11

 並樹は、修の眼からその視線を逸らさないまま、手だけを伸ばして、ついさっき叩き落された自分のナイフを拾い上げた。


「な、なにする気だよ」

 やっとの思いで修は言葉を発した。しかしその声に以前の迫力はない。

 ビビッて、はくが出せないという事に加えて、声そのものが幼児独特のあの甲高い、言い方を変えると、可愛らしい声になっていたからだ。


枕元まくらもと君、もういいでしょ」

 並樹の背後から声を発したのは、桜田さくらだあかり。

 前年度は二年生ながら、生徒会副会長を務めた、絵に描いたような優良生徒だ。


 しかし、その声には抑揚の欠片もなかった。

 あかりにしても、それは形だけの制止でしかなかった。


 あかりは、並樹とはさほど仲が良かったわけではなかったが、二人はたまたま小学校から事今に至るまで、ずっと同じクラスで、一度たりとも離れたことがなかった。


 その事にあかりが気が付いたのが中学三年の時。

「私達、小学校からずっと同じクラスだよね」

 並樹もあかりに言われて気が付いた。


 同じ高校に進学してからも、また一緒かよ、などと憎まれ口を叩きながらも、お互いに心のどこかで嬉しかったりしていた。


 あかりにしてみれば、そんな並樹が修から受けている仕打ちは、まるで自分が受けているかのように苦しかった。


 だから、あかりの本音としては、今まで苦しめられた分の仕返しをさせてあげたかったが、反面、並樹には今まで通り優しい並樹でいて欲しいという気持ちもあった。

 それがこの、無機質な発言となって表れた。


 そんな機械的な言葉でも、並樹の今の憎悪に満ちた心を緩めるには十分だった。


 目の前にいる修に、今自分が何をしようとしているのか。

 我に返った並樹は、自分のやろうとしていた事に眩暈を憶えた。


「ぼ、僕は一体何を‥‥‥」


 その目から憎しみは薄れ、全身の力が抜け、ナイフを持つ手がだらりと下がった。


 その隙を、修は見逃さなかった。

 素早く右手を伸ばし、並樹のナイフを奪い取る。


 血の気が引いていた並樹は、すぐに我に返ったが、判断が一瞬遅れた。


「残念だったな」

 そう言うと、修は並樹のナイフのスイッチを切り替え、LEDが緑に変わった事を確認すると、すぐさま自分の胸に突き立てた。

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