第22話・予想外の伏兵ー10

「遠慮するなよ、ほら」

 そう言って、並樹はそのナイフを大きく振り被り、そのまま修の右腕を掴んで引き寄せると、一切の迷いもなくそのナイフを修のわき腹に突き立てた。


「枕元、てめぇ‥‥‥」

 慌てて修はそのナイフを、並樹の手から弾き落とした。


 その瞬間は、皆が思った。

 修から歳を奪ってどうする気なのか。

 何のために事前に並樹自身の年齢を上げたのか。


 しかし、変わり果てた修のその姿を見て、一部の者は気が付いた。

 並樹はこれから修に復讐するのだと。


 修はその光景に恐怖した。

 目の前の並樹がどんどん大きくなっていく。


 それだけではない。

 天井もどんどん高くなっていき、教室もみるみる広くなっていくように感じた。


 ズボンもパンツもぶかぶかになり、足元にずり落ちた。羽織っていたシャツの下の部分が、つま先まで隠すほどになっている。 


 並樹に握られたそのナイフのLEDは、赤色に点灯していた。


 カウンターは『7』を示している。


 その数値を眺めた後、並樹なみきは目を細め、薄笑みを浮かべながら修を睨んだ。

「もう少しだったのに、な」


 修は、やっと自らの身に起こった事を理解した。並樹は修から年齢を奪おうとしたわけではなく、逆に若返らせたのだ。


 五歳児の体になってしまった自分の言葉など、もう並樹には通用しない。

 この後、何をされるのか想像すると、それは恐怖でしかなかった。


 怯え、震え、思考は停止し、次の言葉も、次の行動も、何も出来ない。


 硬直して動けずにいる修に、壮太そうたが声を張り上げた。

「自分のナイフを自分に刺せ!」

 そう、元に戻りたかったら、ナイフを刺して、自分の年齢を吸収すればいい。


 しかし、修の脳内は、目の前の恐怖で埋め尽くされていたため、その言葉の意味を理解出来なかった。


 並樹はゆっくりと手を伸ばし、修のナイフをその手から奪い取ると、先程開けておいた窓から、外へと投げ捨てた。


「邪魔、しないで下さいよ、松田君」

 並樹はその視線を修から逸らすことなく、言葉だけ壮太に投げかけた。


 並樹は、取り巻き達の邪魔が入ることまで想定していたが、彼等は何故か動こうとはしなかった。

 恐らくは、筋肉隆々の今の並樹に恐怖を感じているのだろう。


 壮太は、そんな並樹と修の方を指差しながら、顔だけ教壇の女の方に向けた。

「い、いいのかよ、こんな事」

「問題ありません」

 女は涼しい顔でそれだけ言うと、教壇を降りて、本来担任が座るべき椅子に腰かけた。

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