第21話・予想外の伏兵ー9
並樹がその姿を三十六歳へと変貌を遂げるのに、一秒と掛からなかった。
それまでの並樹と違うのは、その顔立ちだけではない。
ゆったり目のシャツはパンパンに膨れ上がり、身長もそれまでの百六十センチから五センチ程伸びたようだ。
DNAを調べると、その人が将来どうなるのか、すでにほぼ決定しているという。
人は、自らの意思で未来を選択していると思い込んでいるが、実際は遺伝子に踊らされ、翻弄されている。
がんになることも、薄毛になることも、モテ期、浮気遺伝子なるものも存在する。
並樹の今のその風貌も正にそれだった。
それまでの並樹は、もやしのように細く、腕力もない。
だが、社会人になってからその体を鍛え、ボディービルダーの大会にまで出られるほどの肉体を手に入れる、そういう運命を、その遺伝子に宿していた。
もちろん、そんなことは並樹自身は知る由もなかった。それでもその両腕を交互に眺めると、少しずつ自信が湧いてきた。
自らの意思で「それ」を決行しようとし、自らに刃を向けたまでは良かったが、心のどこかでまだ逡巡している部分があった。
でももう迷いはない。
「枕元、お前‥‥‥」
困惑し、呟くように声を掛けた潤を見て、並樹は不敵な笑みを浮かべた。
「心配、してくれたんだよな。ありがとう」
その手にナイフを握ったまま、並樹は窓際に向かい、その内の一枚を大きく開け放った。
そして、ナイフのカウンターを見ながら、並樹は小さく頷いた。
「これだけあれば大丈夫だな」
春とはいえ、まだ肌寒い風を全身に浴びながら、大きく深呼吸をする。
「寒いじゃねえか、早く閉めろよ」
そう言って立ち上がった修の方に、並樹は首だけ斜めに回して、目を細めながらほくそ笑んだ。
並樹はそのまま回れ右して修の方に向き直り、ナイフを自身の目の前で振りかざすと、
「これが欲しいんだよな」
と言いながら、修の元へと歩み寄った。
クラス全員の蔑むような視線が、修に集中した。
その空気に耐えきれなくなったのか、慌てて修が両腕を伸ばし、手のひらを並樹に向ける格好で、そのまま手を振った。
「ば、ばか、さっきのは冗談だよ、冗談、な」
しかし並樹は止まることなく、修のその手のひらに自身の胸が当たる位まで近付いた。
次の並樹の行動は、誰もが予想していなかった。
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