第20話・予想外の伏兵-8

 教室内が微かにざわつき始めた。誰もが未体験の競技に戸惑っている。


 そんな中、修だけは元気だった。


「おい、億だってよ。もう明日から学校行かなくても遊んで暮らせんじゃね?」

 そう言ってから修は、目線を枕元並樹まくらもとなみきの方に向けた。


「なあ枕元、なんならお前の歳を俺にくれよ。一割位は分け前やるからさぁ」

 いつもなら修にビビッて、声を掛けられると条件反射的に肩を竦ませる並樹だったが、今はその声に何の反応もない。


 修は、教壇の前の女の方に向き直ると、改めて聞き直した。

「いいんだよな、クラスメートから奪っても」

「はい、ルール上の問題はありません」


「だってよ」

 今度は視線だけを並樹の方に向けて修は言った。

 しかし並樹は、そのナイフを両の手に握ったまま、微動だにしない。いや、正確には、ナイフを握ったその手も、肩も、小刻みに震えていた。


 目を見開き、思い詰めた表情でナイフを睨みつける並樹。

 何かを決意し、それでもまた迷い、体が動かない。


 並樹が修にいじめられてたのも、並樹のそんな性格のせいだったのかもしれない。


 嫌な事を嫌と言えない。やりたい事を率先してやらせてと言えない。


(でも、もう嫌だ! こんな毎日)


 並樹が次の行動に移すまで、一分と掛かっていなかった。しかし、本人は何時間も掛けて悩んだように感じていた。


 並樹の背中を押したのは、次に発せられた修の一言だった。


「おい、聞こえてんのかお前」


ーおい、聞こえてんのかお前ー

 その言葉は、いじめられるのが怖くて、視線を逸らし、極力無視してる時に、毎回浴びせられた言葉。その後は決まってゆく手を遮られ、蹴りを入れられ‥‥‥


「うわああああぁっ!!」

 並樹の突然の大声に、誰もが必然的にそちらを見た。そして、誰もがそこから視線を外せなくなった。

 並樹はその大声と共に、自らのナイフを自身の胸に押し付けたのだ。


「ば、ばか、何やってんだ!?」

 並樹の前に座っていた時任潤ときとうじゅんが、慌てて手を伸ばし、制止しようとした。

 隣に座っていた八月朔日満里奈ほずみまりなは、突然の事に椅子から落ち、そのまま左手で口を押えている。


 潤がその手を払うまでに、何秒掛かったのだろう。


 並樹のナイフのカウンターは、『19』を示していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る