第14話・予想外の伏兵-2

 正面玄関まで来ると、それまで同行していた黒服の二人は

「私達はここまでです」

と言って、一人一人に、遠足のパンフレットを渡すがごとく、A4サイズの紙を一枚づつ配っていった。


 本日の注意事項と書かれたその紙には、ここでは建物内であっても土足で良い事や、あくまでも授業の一環として扱われるという事などが書かれていた。


 その中の一文を見て、一部の者が騒ぎ始めた。

「スマホが使えないって、どういうことだよ」

「LINEも通話もダメなの?」


 それには黒服の女が答えた。

「ここでは、一切の通信機能を遮断させて頂いてます。競技上の不公平さを解消するためと聞いてますが、詳しくは私共も聞いてません」


 大綱高校の敷地内を囲う壁、それは時間まで彼等をここから出さないためであると同時に、外部との遮断のためでもあった。


 携帯は圏外になっていて、ネット回線も繋がらない。

 誰かに助けを求めることも、ここで起きた一切の出来事も、外部に漏らすことは、少なくともライブでは不可能という事だ。


「それでは、私達はこれで」

 そう言って、二人は正面ロータリーへと引き返していった。

 二人がバスに向かったのか、それとも他に待機所があるのかは分からない。


「とにかく教室に行ってみよう」

 そう言ったのは壮太そうただ。

 他に選択肢がなかったとはいえ、全員を煽った事に負い目を感じていたため、それを隠すために、努めて明るく振舞っているようだった。


 土足でいいとはいえ、やはり少し心苦しいのか、玄関の踊り場で全員かかとを二、三回打ち付けてから中に入った。

 せめて土位は落としてから入ろうと、皆が無意識に思ったからだろう。


 そのまま、先頭を壮太が進み、皆が後を付いて行く格好になった。


 階段を上がり、1-Aのドアを開けると、壮太の後ろにいた修が、嬉しそうに中にいるその者に声を掛けた。


睦美むつみじゃねえか」


 教室の一番後ろの席、窓際に、三学期の途中から不登校になっていた相良睦美さがらむつみが座っていた。


 睦美は皆に気付くと、満面の笑みを浮かべて手を振った。


「久しぶり~」

 その、聞き覚えのある声に、まだ廊下にいた者達も早足になり、一瞬で睦美の周りは賑やかになった。


「どうしたの」

「みんな、心配してたんだよ」

 誰もが睦美に対して好意的に声を掛けている。


 少し後ろで、冬人だけは遠巻きにその光景を観察していた。

 二年生の時はクラスが違っていたのと、やはり大綱高校出身でない事もあって、冬人だけは、睦美とは親しくはなかったからだ。


 その様子を見ながら、冬人はある疑問を感じた。


 なぜ睦美は不登校になったのか。


 見る限り、睦美は美香に劣らず人気者の様だ。もし校内で何かあったのだとしたら、彼等はすすんで睦美の味方になっただろう。


 彼等の表情を見る限り、それが表面上のものとは、冬人には到底思えなかった。

 皆からの声掛けに、睦美は「私は元気だよ」と言っているのが聞こえた。


 と、いう事は、睦美以外の誰か、身内に何らかの不幸でもあったのだろうか。

 冬人はそう考えたが、それならそれで、誰かに相談しているのではないのか。


 しかし、彼等の表情、態度を見る限り、事情を知っている者がこの中にいるとは到底思えなかった。


 取り敢えず、冬人は自分の席に座った。

 先ほど受け取った紙に、「自分の名前の書いてある席に座る事」とあったからだ。

 冬人の席は、ドアを開けてすぐ、廊下側の一番前の席だったのですぐに分かった。


 冬人は、そのまま皆が固まっているその場所に体を向けていたが、入り口に人の気配を感じて、廊下の方に向き直った。


 そこには、真崎、その両脇に二人の黒服の男達、そして、グレーのスーツに身を固めた二人、三十代位の女と、十代の、もしかしたら同じ高校生じゃないかと思われる男がいた。

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