第12話・始まりの朝ー11

 壮太は後ろを振り返ると

「だそうだ、どうするみんな」

と、全員に聞こえるように少し大声で問いかけた。


 誰もその場を動かなかった。かと言って、そこから逃げようとする者もいない。

 どうしたらいいのか、その場にいる者全てが判断出来ずにいたのだ。



 重たい空気と静寂に耐えきれなくなったのか、美香が小声で口を開いた。

「行こう」

 一斉に皆の目線が美香に注がれる。その事を意識してか、次ははっきりと聞こえるように言った。

「行こうよ。どうせ教室に行っても何も出来ないんだし」

「何も出来ないってどういうこと?」

 問い返したのは香織だった。


 そこで美香は、今朝の出来事を一通り話した後、こう続けた。


「ね、このまま学校に居ても、机もないんじゃ勉強出来ないでしょ?だったら、行ってみるのも良いんじゃないかな」

 その言葉に背中を押されたかのように、渋々ながら、一人、また一人とバスに向かうものが出てきた。


 勉強しなくていいんならいいやと思った者、学校側に見捨てられたのかとヤケになった者、不安に襲われながらも、これから何が起こるのか興味が湧いた者、それぞれの想いは違ってはいたが、他に選択肢はないというこの状況に、逆らおうとする者はもういなかった。


 冬人は、美香の言葉でみんなが動いたと思っていた。誰にでも優しい美香の言う事に、皆が賛同したんだと。だがそれは、ただの冬人の欲目でしかない。



 先に乗っていった女子達がなにやら騒がしい。

 外で待っている男子達に不穏な空気が流れる。

 だが、その不安はバスに乗り込んだら解消された。


 何のことはない。バスの真ん中にもカーテンが引かれ、女子と男子が分断されていただけだったのだ。

「なんで男女で分けんだ?やっぱ何か企んで‥‥‥」

 バスのステップを昇ったところで、再び修が食って掛かった。


 黒服の女は、カーテンの前に立ち、それに答えた。

「ご心配は無用です。女子にはここで着替えて頂くので、男子に見えないようにしているだけですので」


 しかし、女子だけ着替えるとはどういう事なのか。そこにいる男子だけでなく、カーテン越しにその声を聞いていた女子達も騒ぎ出した。


「どうして私達だけ」

 誰という事なく、そんな声が聞こえてきた。


「詳しくは言えませんが‥‥‥」

 黒服の女が続ける。

「向こうに付いて競技が始まりますと、急に成長する可能性があります。その際、特に女子は胸が大きくなったりしたら困りますので」

 そこまで言うと、その女はカーテンの裏に入っていった。続けてカーテンの前にはジンが陣取り、中に入らないように男子達に促した。


 急に成長する競技。何を言っているのか、誰もが理解出来なかった。それでも全員が乗り込んだところで女子達は着替えを促された。


「ええっ、ブラも取るんですかぁ」

 その声に、すでに着席していた男子達が一斉に後ろを振り向いた。中には席から身を乗り出した者もいた。

 その声の主が、クラス一の巨乳で、Fカップとも噂されている、浜田菜美はまだなみの声だったからなのは言うまでもない。


「この、伸縮自在の特殊素材ブラに付け替えてもらいます」

「これ以上大きくなったら困るぅ」

 そこまで聞いて、男子達は皆、お互いの視線に気付き、前に向き直った。


 その後男子達の誰もが無口になったのは、そんな菜美の姿を想像してしまっていたからだろう。


 ただ、冬人一人だけ、先ほどの女の言葉に思いを巡らせていた。

(競技って、一体何をさせる気なんだ)


 何だかとんでもない事に巻き込まれていると思いながらも、もう後戻りは出来なかった。


 そう思った時には既に、バスは動きだしていたのだから。

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