第6話・始まりの朝ー5

 そのまま教室を後にしようとした鏑木に、美香が食って掛かった。


「始業式やらないでいきなり移動教室って、おかしくないですか」


「大綱高等学校って、一年前に、ここに統廃合されたところですよね」

 冬人が言葉を続けた。統廃合直後に越してきた冬人は、その辺の事情に詳しくなかったからだ。


 鏑木は、大げさに顔を左右に振りながら、二人の顔を交互に見ると、冬人の方で顔を止めて答えた。


「廃校になったとはいえ、中は綺麗なもんなんだよ」

「そんなことはどうでもいいです」

 美香が割って入ってきた。


「疑問に思うところは色々あると思うけどね、先生も実は良く分からんのだよ」

「分からないって‥‥‥」

「後は真崎まさき先生に聞いてくれないか。もう校門前でバス待ちしてるはずだから」


 言葉に詰まっている美香の横をすり抜ける様に、鏑木かぶらぎは教室を出て行った。


 がらんどうの教室に残された二人にしばしの沈黙が流れた。


 先に口を開いたのは冬人だった。


「どうする?」

「どうするって‥‥‥どうするの?」

 さっきまでの勢いはどこへいったのか、美香は借りてきた猫の様に急に大人しくなった。


「じゃあ、僕が正面玄関でE組のみんなに校門に行くように言うから、嶋さんは真崎先生のところに行くって事にしよっか」

 少し戸惑った表情で、美香はその両の眼を潤ませながら、上目遣いに冬人の顔を覗き込んだ。

「やだ。なんか、一人で行くの、怖い」


 君は僕が守る!と、口に出そうになったのを、冬人は辛うじて抑えた。

 そもそも何から守るというのか。それでも、今の美香を目の前にしたら、誰でもそういって頭でも撫でてあげたくなっただろう。


「分かった。二人で玄関に行こう。で、みんな揃ったら一緒に校門に行くと、それでいいかな」

「うん」

 美香は小さく頷くと、冬人の斜め後ろに回った。

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