『不足』と『不良』について〈弐〉 ~Another Side~

「なんだよ、こんなところに呼び出して。もしかして愛の告白でもするのか?」

 突然に体育館裏へ来たまえ、とスマートフォンのSMSに直接メッセージを送られて俺ことくだりみつは『天才』と『普通』に呼び出された。今どきSMSなんて迷惑メールか、携帯キャリアくらいしか送られて来ないものだから、正直に言えば恐怖を覚えた。一体どうやってこの連絡方法を使うというのか。

「まさか。私は誰も愛さないさ。愛されないし、愛さない」

「あれ? 今普通に振られた?」

 冗談めかして言うが、内心の心の機微は激しく動き回っている。逆に言えば、冗談めかさなければ平静すら装えないということだ。

「別にいいでしょ、『天才』に振られるなんて名誉なことだ」

「振られるまでもなく普通は無視されるからってか?」

「はい。少なくとも『不良』の貴方は『天才』の眼中にある。俺にとっちゃ、貴方は少しばかり羨ましい。腹立たしい程にね」

「……お前、そんなに『天才』の味方だったか?」

 『普通』は中立だったはずだ。『天才』に対して興味津々だった、それだけのはずだった。

 違和感を覚える。コイツは、『普通』は約一年前とは大きく変わっている。ここまで変わる人間を俺は知らない。いや、『天才』に大敗を喫し、負けた俺の変化は除く。『天才』の側にずっといる、というのはそれほどまでに影響を及ぼすということなのか。

 本来は警戒すべき『天才』から、『普通』に俺は意識を持っていかれていた。

「少なくとも貴方の味方ではないですよ。『天才』の味方のつもりもないですけれど」

「おいおい、ここで裏切るのは無いだろう。同じ部活なんだから」

「はははは、悪い冗談を。僕は普通で、つまりは中立ですよ」

 ウソつけ、と思う。今の『普通』は『天才』に寄っている。今だけなのか、それ共も今からずっと常にだからなのか。

「なんだ? 何か目的があるのは分かってるが、、そちらの方が勝手に仲違いってのはやめてくれよ?」

「安心したまえ、別に私の後輩が敵でも問題はない。裏切ったからには死んだほうがマシなくらいに後悔をさせるだけだけど」

「一切の安心ができねぇな!? ……まぁ、でも確かに俺が誰の敵か味方なんざ、超絶に些事です」

 『普通』の僕と俺がブレる。一人称がころころと変わる。それも誰かを相手にしているからではなく、同じ相手ですら変わっている。このブレかたに俺はぞっとする。

「…………。ああ、くそっ、調子狂うなぁ。で、なんだ、実際の本題は?」

 油断できないはずなのに油断しかできない。そんな二人の奇妙な空気に、戸惑う。この空間の主導権は完全に二人にある。それを見せつけられている。きっと会話を先導するには下手な部類になるのだろう。だが、その下手さを二人の空気が押しのけている。下手であろうが何であろうが、たったの一度たりともこちらに主導権を渡さない。何を言っても、何をやっても無駄だとそう告げているのだ。

「いやはや、実は結構近いところを突いてはいるんだ。告白はしないが、告白をしてもらう」

「は? 俺が?」

「ああ、そうだ」

「ははっ、誰がお前なんかに告白などするか。くだらねぇ」

「私に告白などする必要はない。君が本当に好きな相手に告白をしてほしいんだよ」

「は? 俺には好きな相手なんざいないさ」

「いるだろう? 

 それが誰を指しているのかはすぐに分かった。

「……ッ。ふざけるな。冗談で済ませねぇぞ、それ以上は」

 だからこそ、ハッキリと告げる。ソレ以上を言うな、と。

「くくっ、心当たりがある訳だ」

「隣を共に、歩めない……ああ、片稿かたわらすすみさんか。『不足』だっけ。そういや二人共保管室登校だし……、そりゃ、親しくなっても当たり前だな」

 『普通』は空気を読まない。『普通』なのにその場の空気を合わせることをしない。それのどこが『普通』だと言うのか。

 『普通』の人間は空気の奴隷のはずだ。誰かの作り出したそれに隷従し、ひれ伏すことに何の違和感も覚えない愚か者共。それが一般人などと呼ばれる類の人間達のはずだ。 

「…………。あり得ないな。俺は奴のことを好きじゃあない。アイツも俺のことを好きじゃない。ありえない。絶対にあり得ない。あり得てはならない。俺達は普通の、ただの友人だ」

「本当に? 否、本当はそう思いたいだけじゃあないのかい?」

「え、何。もしかしてこれ、好きなことを認められないピュアな不良少年の話を聞かされてるのか、もしかして」

「君は身も蓋もないな。そうやって人は簡略化したがるが、それは思考の放棄だ。物事というのは結局は結果論で語られるが、だからと言ってその過程を無視していい訳がない。結果だけを見れば間違った行動をした者がいても、その過程における感情の機微を鑑みれば納得なんてシーンはいくらでもあるだろう。結果論というのは背景と前提と過程を全て共有し理解している者達の間でのみ行われるべき論争だ。それ以外の外野は沈黙を破ることを許されない。絶対にね」

 簡略化、思考の放棄、結果論、過程。じくじくと、傷口に練り込まれた毒のように、その言葉は俺に刺さっていく。

 知っている。『天才』は知っている。それが恐ろしくて恐ろしくて、我慢できなかった。

「なんだ、何が言いたい。お前らは何が言いたいッ!!」

 怖い。怖い。怖い。初めてここまで人に恐怖した。

「急にキレるなよ、『不良』さん。『不良』なのは情緒ですか?」

「いい加減にッ!!」

 咄嗟に手が出る。相手の顎を鋭利に削る、普通に喰らえば骨を砕き、意識を刈り取る本気の一撃。出てからしまった、と思うくらいに攻撃を出してしまった。

 だが、それを『普通』は平然と受け止める。衝撃だった。この不意打ちに近い一撃を受け止めることが、『天才』ならばともかく『普通』にできるのか。『普通』を自称し、誰からも『普通』と思われているこの人間は――何者だ?

「……これ、止めるか、普通」

でしょ。『不良』相手に、まさか警戒をしてない訳がないじゃないですか」

「普通は『不良』に話しかけたりはしねぇだろ。距離を置くだろうがよ、異常者共が」

「心外な。こいつと一緒にしないでくれ」

「それは俺のセリフなんですけどねぇ!?」

「うるせぇ!! ああっ、クソッ、なんなんだよ。何がしたいんだよお前らはッ!!」

 困惑。『天才』は。そして目の前の『普通』は

「言っているだろう? 私は告白してほしいんだ。君が、『不良』が、『不足』のことを好きだって、そう認めて欲しい。それだけさ」

「ッ、それを認めて、何になるんだよ。何が狙いだ、何を目的にしているんだよ……」

「私の為さ。ただのお遊びさ」

「お遊びで人の心をぐちゃぐちゃにするなんて、流石だな、貴様らは……」

 諦め。もう無理だと悟った。全てを告白するしかない。

「ああ、ああ、そうだよ。クソ」

「おっと?」

「ああ、そうだよ! 俺は進のことが好きなんだよ。だけど、だから何なんだよ!」

「くくっ、その言葉が聞けて満足だ。だろう? 萩原はぎわらあい、そして片稿進」

「なっ!?」

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