『不足』と『不良』について〈壱〉

 この学校にいれば『天才』という言葉が蔑称であることがよく分かる。きっとこの学校にいる皆がそれを知っているだろう。だけれど、きっとこの学校のほとんどの人は知らないだろう。

 優しさ、思い遣りによる言動というのは大概が、人を追い詰めるものであることを。

 私、片稿かたわらすすみは交通事故に遭い、一週間もの間意識を失い、ついでのように右足も失った私は全てに置いていかれた。クラス内のコミュニティには置いていかれ、勉強も置いていかれた。

 学年も一つ置いていかれ、私は今必死に勉強にしがみついている。友達なんて別にいい、だけど勉強というのは意外と重要だ。父さんと母さんに言い聞かされて、そしてそれに対して相応の理解をしたが故に、勉強を続けている。

 友達、クラスのコミュニティはなくなったが、それでも友達はできた。初めてできた友達だよ、とは言い辛いような人だけれど、それでも私は充分だ。面白いし、彼の価値観は独特で、きっと数十人の友達よりも貴重だと思う。

 彼、『不良』ことくだりみつが、良い友達なのかどうかがハッキリと判明するのは、きっと数年先になるだろう。数年先にああ、とふとした時に思い出し、そして安堵するのか落胆するのか。その時に、彼の本質を私は理解するのだ。

 学校という狭い空間に生きている間、私達は本当の友達が誰か分からない。小中と仲良しだった友達は、高校が違えばすぐに縁が切れてしまった。ならば高校を卒業したその時、同じことが起こらない訳がない。

 そして逆に、高校でしか会っていないというのに一生の付き合いになる仲が見つかる可能性だって同じくらいにあるだろう。

 あわよくば、彼がそんな相手であって欲しいなと少しだけ思う。

 私にとって彼は刺激的だ。いやきっと他の誰にとっても彼の存在は刺激物だ。それこそ誰もが顔を背け、顔を顰めるくらいには。

 きっと私はテレビに出るような度も超も越えた激辛好きタレントのようなものだ。彼の普通なら体が拒絶してしまうような刺激を好んでしまう、そういう類の人間だったのだろう。

 元々そういう人だったのか、それとも事故で頭を打った――縫ったりはしていないからきっとそういうことは医学的に言えばないのだろうけれど――影響なのかは分からない。大事なのは今がそうだということだけだ。

 きっと私はどこかで狂ったのだろう。人生も、そして私自身も。

「…………。珍しいな、そういう目で見る人」

「あれ、私何か変な目で見てました?」

 後輩であろう少女、萩原はぎわらあいを見上げる。身長は私の方が高いが、私は車椅子に座っている分、当然ながら実際の背丈は低い。

「ううん。逆に普通だから珍しいな、って」

「……?」

「君、多分ちょっと歪んでるでしょ。いや、まぁ君達の企みを聞いてるとかなり歪んでいることくらいは分かりきっているんだけれど」

「あははは、まぁ、そうかもしれないですね」

「愉快犯と、確信犯って感じかな、君達は。うん、だからきっと相性がいいんだろうね。根拠はないけれど、そんな気がするな」

「……やりにくいなぁ」

「まぁいいか、それで私を『天才』さんのもとへ案内してくれるんでしょう? よろしくね、お嬢さん」

「はい。怪我なく、無事に送り届けさせていただきます」

 車椅子というのは少しだけ操作が難しい。私自身が言うのも何だが私という重しと命が掛かっている。特段迂闊なことをしなければ問題がないとはいえプレッシャーになるだろう。だから普通、車椅子を操作するとぎこちなさが現れる。それは私にはダイレクトに伝わるものなのだが、愛さんにはそういった傾向が何も感じられなかった。

 ごく普通に何のこわばりもなく順調に私は目的地――体育館の裏にたどり着く。告白でもするのか、と思ったが、しかし『不良』は全力で『天才』のことを嫌っている。いや、誰しも『天才』のことなど好きではないのだろう。

 あの『普通』もまた、嫌いとは思っていなくとも、好きではないと思う。『天才』というのはそういう人だ。

 あの才能は羨ましい。私としては誰も彼も自由に動けることが羨ましい訳だが。

「ねぇ、愛さん」

「はい?」

「愛さんは『天才』とは会ったことがある?」

「はい」

「そっか。『天才』ってどんな人?」

「怖い人ですよ。何もかもを全て見透かしている人ですから。正直、こうして私達はちょっかいをかけようとしていますけど、それも実は見透かしているはずですよ。何もかも知っている。そういう人です」

「じゃあ、どうしてそれを知った上で君は私を彼らの前に私を会わせようと思っているの?」

「そりゃあ、まぁそれでも面白そうだからですよ。私のタチの悪い大親友の考えることは、予期せぬことを招くんです。大惨事になったり面白い喜劇になったり。だけど、答えがどうなるかはやってみないと分からない。だから、私はやってみるんですよ。そうして私は『普通』にも出会いました」

「ほう?」

「まぁ、それなりに信頼してるってことです。……さて、そこの角を曲がれば、二人がいるはずですよ」

「知ってる。もう声が聞こえてるしね」

「ですね」

 少し前から声を抑えて、また音を立てないようにとただでさえ遅い速度を更に遅くしていた。そうして角を曲がったところで――。


「ああ、そうだよ! 俺は進のことが好きなんだよ。だけど、だから何なんだよ!」

 そんな声が聞こえた。


「……え?」

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