雑話・2
「そういえば後輩。久しぶりだね」
いつもの部室で、先輩こと
「何言ってんですか、昨日も会ったでしょうに」
既に日常は戻っているし、感染症を意識することも確実に減ってきている。人は、忘れ、意識の外に恐怖の対象を追いやることで正常な状態を保とうとする。俺もそれに倣い、ごく当たり前に忘れかけている。
「いんや久しぶり、だよ。大体三週間ぶりくらいかな」
なにか意味のある言葉なのだろう。だけど俺がその意味を知ることはないだろう。
「……前にもこんな話しませんでしたっけ?」
「気のせいだ。私はそんな退屈なことはしない」
「さいですか。まぁどうだっていいです」
「最近の君は私の扱いがぞんざいだね。そんな扱いをする人間、君くらいだよ」
「『天才』も慣れればただの人間ですよ。ナイフで刺せば死にます」
「だから刺させないのが私だ」
「それは議論の枠外の話ですよ。迷路を入り口から外に出て出口へ向かって脱出成功と宣うようなものです。ルール違反、今どきに言うならチートです、チート」
「ああ、そうだね。だから私は『天才』なんだ。それに、だというなら『普通』の君はどうやって脱出するんだい?」
「そうですね、左手を壁に着けてそのまま離さずに進みます」
壁に左伝いに沿って歩く。そうすればいずれ出口にたどり着くのだ。
「セオリーってやつだね。常套手段であって、まぁつまりは君らしく『普通』の解決方法か。だけどそれは確実な脱出方法とは言えない」
例えば偽の出口を一つ用意する。たったそれだけで脱出確率は半分に下がる。もう一つ追加すれば確率は更に下がる。
「まぁ、だって何分以内に脱出しなければ死ぬ、とかじゃないですから。そんなデスゲームに巻き込まれるような世界観じゃあないですから、現実は。失敗したところで、残念でした、で終わりじゃあないですか」
「そうかな? 分からないよ? ボウガンが飛んでくるかもしれないよ。世界なんて結構メチャクチャだ。たった数年で他人をこき下ろすことが絶対の正義だっていう価値観になったり、意図的かどうかはまだ議論中だがウイルスがバラ撒かれたり。そのうち、三回目の戦争が起こったりするようになるんじゃあないかねぇ。ここまでくれば異世界との扉が開かれたり、本来は見えないはずのなにかが見えるようになったりしたっておかしくはないだろう。世の中ってのは結局神様の気まぐれだ。いつどうなるか分からない。ありふれた言葉だが、この一年で結構身に沁みた人は多いんじゃないかい?」
「まぁ、そうですね」
少し前まで、マスクなど花粉症かあるいはプライベートの芸能人くらいしか着けなかっただろう。それが今では着けなければ飛行機を降ろされるくらいになった。世界は大きく変わった。たった一つの出来事で世界が変わった。
色んな人が色んな人に責任転嫁をして、自分は正しいのだと主張する。それが露骨になった。そうしても仕方がない。そんな空気が世界に漂った。
「それで? 今日は何かあったんですか」
なんとなくそんな気がして、俺は問う。少しだけどこか違和感だ。
「別に、何もないよ。私の身に何かあることなんて一度もないさ」
「そうですか? だったらどうしてその拳には血が着いているんですか」
「ああ、ちょっと喧嘩の仲裁の為にね、双方をぶっ倒した時についたんだろう」
「何やってんですか。喧嘩の仲裁、って、何があったんですか」
「ただの喧嘩さ。ただちょっと過激になりすぎた。知っているかい? この学校には意外と有名人が多い。『不良』に『不足』、あとは『色欲』だとか」
「最後は七罪みたいですね」
「流石に七人もいないさ」
「僕らを含めて五人だ。あと二人くらい、探せばいるもんじゃあないですか?」
「さぁねぇ、『妄執』だとか、『残穢』くらいならリストアップしても大丈夫だと思うけれど。一人は退学しているけれど」
「名前の響きが強すぎるせいで、何だか名前負けしていそうですね」
「そういう意味では、君の名前は相応なのかもねぇ」
「先輩は名前勝ちですね」
相変わらず意味のない言葉の重ね合わせだ。折り重ね、織り合わせ、積み重ねる。日々というのは、人との付き合いというのは、そうして重なっていくのだろう。
「閑話休題、と行こう。本題だ。ちょっとばかし付き合ってほしいところがある。今から、もしくは明日の放課後くらい、空いていないかい?」
「じゃあ、明日で」
「内容とかは聞かないのかい?」
「じゃあ、世界を救うとか、化け物と戦うとか、そんなファンタジーファンタジーしてない内容じゃないですよね?」
「そうだね。会って欲しい人がいる。君の面識があるそんな人で、だけれどきっと相手も君もあまり会いたくはない人さ」
「相変わらず先輩は嫌な人ですね」
「『天才』だからねぇ」
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