『普通』でないからこそ分かること。

 喧嘩というのは、集中力と体の動かし方とそして経験量の差によって結果が決まる。

 そして俺こと、くだりみつは経験量においては普通の人間に比べれば圧倒的に多いはずだ。

 言葉よりも先に手が出るし、手が出なくとも足が出る。両方とも拘束されたなら頭を出すだろう。

 俺の性分はそういうおっかないものだ。おっかない、と思っている。思っているが、まぁ治すつもりはあまりない。

 存外に気に入っているのだ。このただただ危ない人間性を、人格を、生き方を、俺は気に入っている。

 なぜ、と問われると少し困る。きっとこの生き方しか知らないから、何も考えずに生きて来て今という結果に至っているから、それで俺はこの生き方を気に入っていると思っている。多分、きっと、その程度のものだろう。

 普通ではないことは理解している。俺は『不良』で、はたまた『不良品』なのだろう。

 人間としては少し暴力性が強すぎる。だから俺は普通とは違う。


 目が覚めたのは夜の八時。既に灯さんは家にいなかった。と言っても何かするつもりにもならず、天井をぼぅっと眺めた。だからそんな無意味なことをつらつらと考えてしまうのだろう。

 無意味。そう、無意味だ。俺の人生など、世界において何の意味も無い。それは俺だからという訳ではなくて、全人類の人生が世界において無意味だ。

「……あの『天才』だって、同じなんだろうな」

 ぼそりと声を漏らす。

 あの『天才』や『普通』の人生だって、きっと意味などない。生まれて、そして偶然同じタイミングで生きている人間に影響を及ぼして、そして死ぬ。それだけだ。

 影響を及ぼした相手の人生には意味があるかもしれないが、その人生そのものは意味がない。だから『天才』や『普通』にだって意味はない。

 アインシュタインやニュートンは物理法則の発見した。それによって多くの技術が発展した。なるほど人類にとっては意味のある人間だったかもしれない。教科書に載るくらいだ、意味があるのかもしれない。

 だが人類が宇宙に行こうが世界には意味がない。だからアインシュタインやニュートンの人生、彼らの功績だって意味はない。

 人間は自分を含めて少しばかり自己本位になるところがある。地球を自分のものだと思い込んでいる節があるし、自分の人生は素晴らしいものだと信じて疑わない阿呆が大勢いる。そしてそういう輩は大抵、自分よりも下だと思った人間を見下す。たった一発殴れば半泣きになるような輩ばかりが、そうやって他人を見下すのだ。

 特に日本人は何をしたって大丈夫だと思っている。客は店員に平気で無理難題を押し付けるし、社長などの上司は部下に異常なルールを押し付ける。

 所詮、拳銃で頭をぶっ放せばそれで死ぬような程度の存在だというのに、自分よりも下だと思っただけで簡単に人を見下し、人以下の扱いをする。

「くくっ」

 こんな生き方をしてきたせいで、そういう輩には多く出会った。同級生、後輩、生徒、そしてそんな生徒の保護者に、街にいる自称ヤンキー共。みんな数発殴ってやれば自分の愚かさを後悔しながら気絶していった。

 暴力というのは即ち証明なのだ。力を証明し、立場を証明する。喧嘩というのは、まぁその証明儀式であると言えば少し高尚な感じが演出できるだろう。

 基本的に負けなし、俺の方が上。

「って、これじゃあ、アイツらと一緒か」

 力が上だから見下す。そんなことになってしまえば、奴らと同じに成り下がる。――否、俺は成り下がっていた。

 二年前に『天才』に完敗し、去年に『普通』にギリギリで負けてしまった時に、俺はそれを痛感した。

 正直、『天才』に負けることは、まぁ予想していた。奴の動きはどう考えても喧嘩ではない。俺は喧嘩をしていたが、アイツは武道をしていた。舞闘と言ってもいいだろう。舞うように戦っていた。本音、美しいと思った。惚れそうになった。

 もしもあの戦いを『天才』がしていなければ、『天才』以外の人間がしていたならば、俺はその相手に惚れていただろう。ああ、本当にあの戦いが『天才』で良かった。そう心から思った。そう思いながら俺は当時、意識を手放したのだ。

 いつもなら手も足も出させず、もちろん頭も出させない。そんな戦いをするというのに、その時はその逆だった。頭さえ出せなかった。出たのは涙と血と、笑いだった。

 戦いにならない。その絶望的な差に漏れ出た笑みだった。

 あれは納得している。奴が天才だった。それだけの話だ。

 だが、『普通』に負けたあの時は、未だに納得がいっていない。

 奴は、何だ。アイツは何者だ。なぜ、『普通』の人間が、喧嘩に慣れに慣れまくっている俺と同等に渡り合える。あの時、『普通』は確かに喧嘩は初めてだと言っていたはずだ。なのに、あの時、戦った感触はどう考えても俺と同じくらいに喧嘩慣れしたそういう奴だった。

「…………」

 『普通』に戦って、普通に一歩及ばず負けた。結果はつまりそういう類だった。普通の人間に俺は普通に破れてしまった。それはどう考えても異常だった。

「『天才』の正体は分かる。簡単だ。『天才』だ。それだけでもう十分だ。だが奴は一体何だ。『普通』とは一体何だ」

 分からない。だが、分かることが一つだけある。

「……何が『普通』だよ。あいつは絶対に『』だぞ」

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