『天才』と因縁を持つものは数知れず。
「ただいま」
「おかえり」
家に戻ると、そんな声が聞こえて俺こと
小さな一軒家。家賃とうとうは親が出してくれているが、半分くらいはある。
さて、そんな訳で俺は現在一人暮らし。だから返事というものが帰ってきたならばそれは異常事態であるという訳だ。
――まぁ、とはいえ警戒や緊張などはしないが。
「また来てたのか、
「最近は動揺しないね」
「慣れましたからね。不法侵入にも」
「いやぁ、パトカーが来たからちょっと焦ったけど、そこから君が降りてくるんだもんね、もう面白くて面白くて」
ははは、と対して面白くもなさそうに言う。
感情と言葉の不一致は灯さんにとっては日常茶飯事だ。そして感情と言葉が一致していれば大抵が嘘である。とはいえ絶対にそうでもなく、嘘だと思っていれば真実で、みたいなことが多々ある。
どうしようもなく面倒臭くて、そんなところが最高に面白い。そういう人だ。ずっとずっと長い付き合いで――。
「…………。あれ、そういや、俺と灯さんって、どうやって知り合いましたっけ」
「んー? まぁいいじゃないか、そんなこと」
「まぁ、……そうですね」
確かにそんなことはどうでもいい。灯さんの言う通りだ。
「それで、今日は何のようですか?」
「いやぁ、ちょっと暇つぶしだよ。君の部屋には面白い漫画やら小説やらが多いからね」
「本当に暇潰しですね」
「暇だからねぇ」
「仕事でもしてくればどうですか?」
「ちゃんとしているよ。そこそこに稼いでいるんだよ」
「まぁ、確かにたまに飯奢ってくれますもんね、それもかなりいいところ。正直びっくりするくらいに美味くて、ありがたいんですけど」
高級料理に行った経験で言えばかなり多い方だろう。高級フレンチや懐石などなど、値段を見れば時価と書かれていたり面白い。
「ははは、また今度良いところ紹介してあげるよ。また美味しいところ見つけたんだ」
「それはまぁ遠慮なく頂きますけれど。ところで今日はいつまでいるつもりなんですか?」
「さぁ、いつまでいようかな。とりあえず君の晩ごはんでも食べて帰ろうかと思っているが」
「でしょうね。まぁ風呂入って来るので、自由にしてください」
うっかりしていたが、自分は血まみれだった。流石にそろそろ血が固まって洗い落としにくくなっている。
「狭い部屋だけど、まぁそうさせてもらうよ」
「それは家の人間が言うことだと思うんですけどね!?」
「はははははっ!」
風呂に入りながら、ごしごしと血を落としていく。地面に溜まる赤い液体も流石に見慣れている。
「灯さんも、最初から何も言わなかったな」
世の中には色々と血塗れの人間を見ても驚かない類の人がいるのだなと思う。
「あがりました」
「良かったかい?」
「シャワー浴びだだけなんで、良くも悪くもないですよ」
「そうか。ならそれでいいのさ。良いことばかりに皆拘るけれど、普通だったりプラスマイナスゼロっていうのは驚くくらいに安牌なんだ」
「なんかっぽいこと言ってますけど、どこの漫画の話ですか」
「なんだったっけな。この前立ち読みした小説だと思うけれどね」
「へぇ、また今度思い出したら教えてくださいね」
「ああ、思い出したら教えるよ」
その後は何もなく、ごく普通に同じ空間で時を過ごした。灯さんとは基本そういう距離感だ。俺が作った夕食を食べて、そして。
「……すぅ、すぅ」
「ったく、素性も知らない相手が勝手に家に入っていて、のんきなものだねぇ」
くっく、と笑いながら、眠りこける光の頭を愛しげに撫でる。
瀬野灯。当然のように適当に名乗った偽名だ。光という名前だったからそれにあやかっただけの話。
光には催眠に近い類のものを施した。そして施し続けている。私の存在に違和感を覚えないように。オカルティックな、もしくは同人誌的な催眠ではない。刷り込み、記憶の端にそういえばそうだったかな、といった自覚を植え込む。それだけのもの。数年前からそういった刷り込みをじわりじわりと繰り返して、私は彼に取り入った。
別に彼である必要はなかった。だけれど、どうしてか彼の側にいると、少しだけ心地が良かった。それだけのこと。
「ま、人ってのは居心地の良さを好き嫌いと誤解するような奴らばかりだ。だから、これでいいんだろうね」
甘い甘い、地獄のような誘惑に私は全身を浸らせている。私はきっとここから抜け出せはしないだろう。だけれど、それでいいのだ。
「……私はね、君のことが大好きなんだ。あの『天才』に正面切って戦いに行った、あの日からね」
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