雑話・1
「そういえば久しぶりに二人きりだねぇ、後輩」
いつもの空き部室。いつもの場所で唐突に先輩がそんなことを言い出した。
パタン、と本を閉じてはぁ、と思う。なんでもない、と思う。
「いや、昨日も一昨日も同じようにここで過ごしたじゃあないですか。何を言っているんですか」
もはやウイルスの騒ぎなど忘れたように、普通の日常に戻り始めている。普通にまだまだ、マスク着用だとか色々と影響は残っているけれど、それでも慣れてしまえば全部日常だ。
日常に戻ったというよりも、日常になったというべきだろうか。
「そういうことじゃ、ないんだけれどね。まぁ構わないさ。今日は雨でもなければ晴れでもない。普通の天気だ。君が過ごすに相応しいそういう天気だ」
話を変えたのか、それとも最初の話は終わったのか。相変わらず『天才』の言葉は掴めない。掴もうとすること自体が間違いだろう。天災とは対策はできてもそれに対して何故かと理解するのは一般市民には無駄だ。
専門家にでも任せるのが得策である。
「逆に貴方には相応しくない天気ですね」
「いんや、どんな天気だって私に相応しいさ」
「言いますね。そして存外、その通りなのかもしれないですね」
「くくっ。君は本当に普通だね」
「褒めてます? 貶してます?」
「称賛しているのさ。君はそのままであってほしいと、私は本当に思っているよ」
「人は常に変わり続けてますよ。だけど誰も気付かない。誰かが気付いて人は変わったと言う。それまでの変化を、ついでの如く扱って。僕だって常に変わり続けています」
「誰もが全員、総じて少し変わったのなら、それは変化していないのさ」
「変化の方向性が違ってもですか?」
「変化に方向性などないさ。どう変わっても同じだ。プラス一もマイナス一も、数直線で見れば変化の大きさは一だ。それは軸が異なっても同じだろう?」
「まぁ、確かに」
僕の言葉で満足だったのだろうか、会話はそれで終わった。
外の天気は、なるほど確かに普通だ。青空が見える程晴れている訳でもないし、とはいえ雨雲が見える程でもない。太陽は見えないがその存在は感じられる。そういう天気だ。
「今日も何も無かったねぇ」
「そりゃあ、普通の学校ですからね」
「それを君は良しと思うかい?」
「勿論。何もないことは素晴らしいことですよ」
「そうかい。だがしかし、それをつまらないと思う人間もいる。それをどう思うんだい?」
「別に、それも普通でしょう。何かが起こればいいな、という期待は少しの活力になります。僕だってその程度は思ったりもしますよ。ですが、それは基本的に巻き込まれないことを前提としている。
例えば、盗んでもいい美術展があったとしましょう。それを面白いと思う人間は、しかしそこに参加などしません。そうではない、別の想いを抱く人間がそこに向かうんですよ」
「ほう? 例えばどんな人間がその盗める美術展とやらに行くんだい?」
「美術品になど興味がない盗人と、美術品に本質的には興味のない好奇心だけの人、ですかねぇ」
「ほぉ。……それだけかい?」
「えーっと。……いえ、もう一つありますね」
「それは?」
「盗まれるに値する作品が作れたか、自分の作品と、そして自分の価値を確認しに行く製作者、です」
「まぁ、実際には手当り次第盗まれてしまって、そういった確認はできなかったみたいだけれどね」
「……なんだ。知ってたんですか、先輩」
「当たり前だろう? 私はなんでも知っているさ」
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