曰く。
これは私の覚え書きだ。
彼と二度と関わることがないであろう私の、彼に対する所感だ。あくまでも私の主観での話だ。あんな間違いをしでかした私なのだから、おおよそのところで間違いがあるだろう。だから話半分くらいに留めておいて欲しい。
そうしないときっと貴方も間違えてしまうだろうから。
それが彼の名前で、そして現在とある高校でよく噂になる二人の内の片割れ。もう一人は当然あの『天才』こと
だが、彼はどこにだっている『普通』の人間にしか見えない。
『天才』のような異質な存在感や、そのあだ名通りの才覚溢れる何かを持っていたりはしなかった。本当に普通だった。きっと数人で掛かればボコボコにできるだろうし、それに対してきっと彼は反抗するだろう。
生きることに彼は貪欲であろうし、他人のことを程々に慮り、だけれど自分を優先するだろう。
そういった人間らしさという意味で彼は『普通』だ。この場合の『普通』というのは、私にとっての『普通』に彼が値しているという意味だ。――そしてそれは全人類の誰しもに値する。
誰かにとって『普通』で、その『普通』を異常と捉える人にとっても彼は『普通』なのだ。
彼は他角度的に『普通』である。聞いてみれば当たり前に聞こえるかもしれないが、考えてみて欲しい。考える頭がないから私は失敗した。
普通に考えて、そんなことはあり得ないはずだ。
正義の反対というのはその反対の正義、なんていうのはそれを象徴する言葉だろう。人間というのは、矛盾している生き物だ。矛盾していなければいけない生き物だ。
多様性、なんていう都合の良い言葉があるは、それは要するに様々なパターンを生み出し、そうすることで生き残る確率を上げているだけの話。遠い昔の生存戦略が未だに根付いてしまっていて、その結果同族殺しのような真似をしているだけ。
それを人々はまるで、偉い人類だからできることだと思っている。思い違いをしている。
だから。だからこそ、人々にとって『普通』というのは随分と魅力的な言葉でもある。多様性という同調圧力から逃れられる。どの角度から見ても普通である人は、多様性という枠の中に常駐していて、だからその偏見によって殺されることがなくなる。
だから私達は自分は普通なのだと言う。それもまた生存戦略だろう。私は普通だ、貴方の言う普通の同類ですよ、と主張することで安全圏に入ろうとする。強敵の味方に、懐の中へ取り入ろうとする。
そういう意味では彼、『普通』というのは種の進化なのかもしれない。多面的、他角度的に普通で、だから彼は『天才』という異質さの影響力に有りながらもしかし彼を排斥しようとはならない。
だって彼は『普通』だから。普通の人間を排斥する訳にはいかない。そんなことをしてしまえば、それは自称普通である自分もまた排斥することに繋がるから。
彼は絶対に排斥などされない。彼はありのまま、普通で、そして安全で、平和で居続けられる。
そんな彼に私は、否、人間は居心地の良さを感じてしまう。彼といれば自分の『普通』が保つことができる。自分が『普通』なのだと安心できる。
側にいれば居るほど彼に依存していくだろう。空の涙を流すあの子はもう元に戻れないくらいに依存しているし、彼にご執心の彼女もかなり危ういだろう。
『天才』は流石というべきか、早々にその危うさに気付いて一定の距離を保ち、その上で色々と様々に釘刺しに走っているようだ。
彼女は凄いと思う。
嫉妬や羨望、はたまたあの自信には露骨に嫌悪感を抱くが、それを抜きにすればやはり彼女は素晴らしい。認めたくはないが、凄い。あの異質さは『普通』の異質さと同じくらいだ。
『天才』と『普通』というのは紙一重なのだろう。
多様性というのは、きっと彼らに対して言う言葉で、だから私のような愚かな人間や、野菜しか食わないバカや、特定の性別ばかりを有利に勧めようとするアホには使わないのだ。肌の色も、心と身体の性差も、五体満足かどうかも、そんなものは誤差だ。
誤差で、それは多様性などではない。
奴らの醜い争いについて、『天才』はきっとその先の結果が分かっているし、そして正しい答えを知っている。『普通』はその争いに巻き込まれたとしても、やり玉にあがることなく平然と生きているだろう。
争い、死に耐えるのはどんぐりの背比べをしている人達ばかりで、『天才』も『普通』も平然と生き延びている。
「……ま、どうせ間違えた私のことだから、これも間違えているんだろうけれどね」
A4のレポート紙に、とりとめもなく書き留めて、しかしバカバカしくなって辞める。ああ、恥ずかしい。こんなもの、『天才』に読まれなどしてみろ。きっと一笑して、くしゃくしゃに丸められてしまうだろう。
だから、ほんの少しの報復も兼ねてのイタズラだ。
紙飛行機を折り、家の二階、ベランダで風を待つ。目を閉じて静かに、待つ。
風が気持ちいい。
ふいに理屈や理由、なんのタイミングもなく目を開けて、すっと紙飛行機を飛ばした。
風に乗り、飛んでいく。
どこまでも、どこまでも。――と思ったが、やはり私のように、ふらりとバランスを崩して、紙飛行機は墜落していった。
「あーあ」
場所は公園だろうか。まぁ、開いたところで意味不明な文字の羅列だ。その真意を分かる人なんていないだろう。
「なんか、疲れたなぁ」
と呟いて、私は部屋に戻る。もう一年程、外に出たことのない私の匂いが、存在が染み付いた部屋の中へ。
紙飛行機は落ちる。落ちて、そして何の縁か流星香の前に落ちる。
「…………。はははっ、全くアイツはまだあのままなのか」
笑って星香は一度伸ばし、そして綺麗に折り直す。
「あと二ミリ、折る場所が違っていればもう少し飛んだというのに。全く、カナトらしいねぇ」
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